ホラホラ、これが僕の骨 中原中也ベスト詩集

春と赤ン坊

菜の花畑で眠っているのは……
菜の花畑で吹かれているのは……
赤ン坊ではないでしょうか?

いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑に眠っているのは、赤ン坊ですけど

走ってゆくのは、自転車々々々
向うの道を、走ってゆくのは
薄桃色の、風を切って……

薄桃色の、風を切って
走ってゆくのは菜の花畑や空の白雲しろくも
――赤ン坊を畑に置いて

『在りし日の歌』より

朗 読

解 説

春と赤ン坊

「春と赤ン坊」は1935年『文学界』4月号に発表された。大正末から昭和初年に始まった都市の電化生活は、10年を経て地方の田園地帯にまで広がっていた。そのシンボルのように湯田にも電信柱は林立し、電線が町と町とをつないでいったのである。

 「いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
  ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
  菜の花畑に眠っているのは、赤ン坊ですけど」

この年は、文也の誕生で、菜の花畑で眠っている赤ン坊が中也の春のイメージとなった。

菜の花畑の向うの道を、自転車が走っている。薄桃色の春風を切って……。ここでもまた、中也一流の視点の逆転がはじまる。いやいや、走ってゆくのは「菜の花畑や空の白雲」だと。

昭和10年6月3日、諸井三郎作曲の「春と赤ン坊」は、日本青年館において太田綾子によって歌われた。

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