ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けましょう。
波はヒタヒタ打つでしょう、
風も少しはあるでしょう。
沖に出たらば暗いでしょう、
櫂から滴垂る水の音は
昵懇しいものに聞こえましょう、
――あなたの言葉の杜切れ間を。
月は聴き耳立てるでしょう、
すこしは降りても来るでしょう、
われら接唇する時に
月は頭上にあるでしょう。
あなたはなおも、語るでしょう、
よしないことや拗言や、
洩らさず私は聴くでしょう、
――けれど漕ぐ手はやめないで。
ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けましょう、
波はヒタヒタ打つでしょう、
風も少しはあるでしょう。
「湖上」は、1930年8月『桐の花』第13号が初出である。同じ月「スルヤ」の内海誓一郎の近く、代々木に転居した。
この年の12月、長谷川泰子が築地小劇場の演出家、山川幸世の子を産み、中也が名付け親になった。中也が泰子の妊娠を知ったのは「湖上」の書かれた6月半ばではなかったか。泰子をもう一度迎えるつもりだった中也の望みは消え失せてしまった。この詩には再求愛の切実さがない。
「ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けましょう。
波はヒタヒタ打つでしょう、
風も少しはあるでしょう。」
引用したのは第1連目の4行だが、最後の5連目も同じ詩句4行である。
この詩の全ての連は歌として語られている。
「われら接唇する時に
月は頭上にあるでしょう。」
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