暗き空へと消え行きぬ
わが若き日を燃えし希望は。
夏の夜の星の如くは今もなお
遐きみ空に見え隠る、今もなお。
暗き空へと消えゆきぬ
わが若き日の夢は希望は。
今はた此処に打伏して
獣の如くは、暗き思いす。
そが暗き思いいつの日
晴れんとの知るよしなくて、
溺れたる夜の海より
空の月、望むが如し。
その浪はあまりに深く
その月はあまりに清く、
あわれわが若き日を燃えし希望の
今ははや暗き空へと消え行きぬ。
「失せし希望」は1930年4月、『白痴群』第6号に発表された。制作は1929年7月14日である。7月と言えば古谷綱武の紹介で彫刻家、高田博厚を知り、高田のアトリエの近く中高井戸に移転した時である。
「暗き空へと消え行きぬ
わが若き日を燃えし希望は。」
と、「希望」は最初から消えていく。この詩では「失せし希望」がくり返し歌われている。
「その浪はあまりに深く
その月はあまりに清く、」
と、詩人は若き日に燃えた希望が暗い空へと消えて行く、と歌っている。
「失せし希望」は、中也が内海誓一郎に作曲を依頼したものである。内海は「高い音から低い音へ落下して行き、到達した底で何回も波打ちながら繰り返す」曲想を中也が酔ったときなどに歌うマスネーの「悲歌」から思いついたと語っている。「この旋律にやはり高いところから落ちて、その底で波打って繰り返すところがある。これこそ中原の悲しみの心だと思った」と。
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