空は晴れてても、建物には蔭があるよ、
春、早春は心なびかせ、
それがまるで薄絹ででもあるように
ハンケチででもあるように
我等の心を引千切り
きれぎれにして風に散らせる
私はもう、まるで過去がなかったかのように
少くとも通っている人達の手前そうであるかの如くに感じ、
風の中を吹き過ぎる
異国人のような眼眸をして、
確固たるものの如く、
また隙間風にも消え去るものの如く
そうしてこの淋しい心を抱いて、
今年もまた春を迎えるものであることを
ゆるやかにも、茲に春は立返ったのであることを
土の上の日射しをみながらつめたい風に吹かれながら
土手の上を歩きながら、遠くの空を見やりながら
僕は思う、思うことにも慣れきって僕は思う……
「早春散歩」は1933年早春制作とされている。6行3連のこの作品は、各連に「風」という字が入っている。1連目は一つ。2連目は二つ。3連目は一つ。そして3連目で「つめたい風」が出てくる。
「空は晴れてても、建物には蔭があるよ」と始まるこの詩は、「早春」を「風」で表わしている。そして、「私」は「まるで過去がなかったかのように」吹き過ぎる。「異国人のような眼眸をして」……。
最後に「私」は「風」のつめたさに気づくのである。「土の上の日射しをみながら」、「土手の上を歩きながら、遠くの空を見やりながら」「僕は思う、思うことにも慣れきって僕は思う……」という1行で終わっている。「早春散歩」は「寂しい心」を抱いた春を迎える歌である。
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