ホラホラ、これが僕の骨 中原中也ベスト詩集

早春散歩そうしゅんさんぽ

 
空は晴れてても、建物にはかげがあるよ、
春、早春は心なびかせ、
それがまるで薄絹うすぎぬででもあるように
ハンケチででもあるように
我等の心を引千切ひきちぎ
きれぎれにして風に散らせる

私はもう、まるで過去がなかったかのように
少くとも通っている人達の手前そうであるかのごとくに感じ、
風の中を吹き過ぎる
異国人のような眼眸まなざしをして、
確固かっこたるものの如く、
また隙間風すきまかぜにも消え去るものの如く

そうしてこの淋しい心を抱いて、
今年もまた春を迎えるものであることを
ゆるやかにも、ここに春は立返ったのであることを
土の上の日射しをみながらつめたい風に吹かれながら
土手の上を歩きながら、遠くの空を見やりながら
僕は思う、思うことにもれきって僕は思う……

未発表詩篇より

朗 読

解 説

早春散歩

「早春散歩」は1933年早春制作とされている。6行3連のこの作品は、各連に「風」という字が入っている。1連目は一つ。2連目は二つ。3連目は一つ。そして3連目で「つめたい風」が出てくる。

「空は晴れてても、建物には蔭があるよ」と始まるこの詩は、「早春」を「風」で表わしている。そして、「私」は「まるで過去がなかったかのように」吹き過ぎる。「異国人のような眼眸まなざしをして」……。
 
最後に「私」は「風」のつめたさに気づくのである。「土の上の日射しをみながら」、「土手の上を歩きながら、遠くの空を見やりながら」「僕は思う、思うことにも慣れきって僕は思う……」という1行で終わっている。「早春散歩」は「寂しい心」を抱いた春を迎える歌である。

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