柱も庭も乾いている
今日は好い天気だ
縁の下では蜘蛛の巣が
心細そうに揺れている
山では枯木も息を吐く
ああ今日は好い天気だ
路傍の草影が
あどけない愁みをする
これが私の故里だ
さやかに風も吹いている
心置なく泣かれよと
年増婦の低い声もする
ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云う
「帰郷」は1930年5月『スルヤ』第4輯に発表された。「帰郷」は5月内海誓一郎の作曲で第5回『スルヤ』発表会で歌われた。詩碑は中也の生地湯田の高田公園にある。文字は小林秀雄によるものである。
「山では枯木も息を吐く」と始まる2連目に続いて
「これが私の故里だ
さやかに風も吹いている
心置なく泣かれよと
年増婦の低い声もする」
という3連目の4行がこの詩の中心である。
当初は4行4連の16行だったが、第3連の次にあった「庁舎がなんだか素々として見える、/それから何もかもがゆっくり私に見入る。」の2行を、内海の意見を入れて中也は省いた。
「ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云う」
これが詩人が帰郷した時、故里の風が語りかける言葉であろう。
ご感想
池田伸夫さん 2020/08/05 12:21:38
弦楽四重奏のバイオリンとチェロのアンサンブルで美しいハーモニーにしたような詩
匿名さん 2020/06/05 11:30:33
この詩は3才の息子を亡くして遺骨を故郷に納めに来たときに書かれた詩ではないでしょうか。
観永さん 2020/03/04 19:54:19
低い声の年増婦の声の主はお袋かな・・・。 自分も田舎に戻ったら、戻れたら、こんな気持ちになるのだろうか。生きてるうちに帰ろうといつも思っているけど足が向いてくれない。俺は30年、一体何をして来たんだと省みるために帰ろうか。帰れるのか・・・・。本当に。
余裕タイムさん 2017/12/17 0:51:49
「あゝ おまへは なにをして来たのだと……吹き来る風が私に云ふ」。中也は、山口から京都、東京、鎌倉へ転居。故郷を離れていることでわかる故郷の懐かしさ。あたたかさ。その雰囲気が感じられる詩です。私も主人の定年まで千葉で過ごしましたので、その間にいろんなことにチャレンジしようといつも前向きな気持ちでした。
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