黝い石に夏の日が照りつけ、
庭の地面が、朱色に睡っていた。
地平の果に蒸気が立って、
世の亡ぶ、兆のようだった。
麦田には風が低く打ち、
おぼろで、灰色だった。
翔びゆく雲の落とす影のように、
田の面を過ぎる、昔の巨人の姿――
夏の日の午過ぎ時刻
誰彼の午睡するとき、
私は野原を走って行った……
私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦めていた……
噫、生きていた、私は生きていた!
「少年時」の初出は季刊『四季』夏号第2冊、1933年7月である。この時中也は26歳、あと5ヶ月で上野孝子と結婚する予定であった。中也は1931年から翌年まで詩作をほとんどしていなかった。この年5月に牧野信一、坂口安吾の紹介で『紀元』に参加したところだった。
この詩は夏の帰省時に書かれたもので少年時を回想したものである。
「黝い石に夏の日が照りつけ、
庭の地面が、朱色に睡っていた。」
と書き始められている詩は、「世の亡ぶ、兆のようだった。」と不吉であるが、「誰彼の午睡するとき、/私は野原を走って行った……」と行動的でもある。
「私はギロギロする目で諦めていた……
噫、生きていた、私は生きていた!」
諦めながら生きていたというところが中也のアンビバレントな感情を表わしている。
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