私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命そうなピエロがひとり棲んでいて、
それは、紗の服かなんかを着込んで、
そして、月光を浴びているのでした。
ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、ついぞ通じたためしはなく、
あわれげな 思いをさせるばっかりでした。
手真似につれては、唇も動かしているのでしたが、
古い影絵でも見ているよう――
音はちっともしないのですし、
何を云ってるのかは 分りませんでした。
しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしそうなのでした。
「幻影」は1936年『文学界』11月号に発表された。
「私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命そうなピエロがひとり棲んでいて、
それは、紗の服かなんかを着込んで、
そして、月光を浴びているのでした。」
と始まるこの詩は、頭の中に棲んでいるピエロを歌っている。中也の詩に出てくる月光はいつも死の光線だ。しかしこの詩に出てくる月光は、死の力を見せてはいない。
この詩が発表された11月長男文也が死んでいる。
「十一月十日午前九時二十分文也逝去/ひのへ申一白おさん大安翼/文空童子」
中也は日記にそれまでのペンの字の横に欄外にはみ出すかたちで文也の死を墨で大書した。
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