ホラホラ、これが僕の骨 中原中也ベスト詩集

みちこ

そなたの胸は海のよう
おおらかにこそうちあぐる。
はるかなる空、あおき浪、
涼しかぜさえ吹きそいて
松のこずえをわたりつつ
いそ白々とつづきけり。

またなが目にはかの空の
いやはてまでもうつしいて
ならびくるなみ、渚なみ、
いとすみやかにうつろいぬ。
みるとしもなく、ま片帆かたほ
沖ゆく舟にみとれたる。

またそのぬかのうつくしさ
ふと物音におどろきて
午睡ひるねの夢をさまされし
牡牛おうしのごとも、あどけなく
かろやかにまたしとやかに
もたげられ、さてうちしぬ。

しどけなき、なれがうなじは虹にして
ちからなき、嬰児みどりごごときかいなして
いとうたあわせはやきふし、なれの踊れば、
海原はなみだぐましききんにして夕陽をたたえ
おきは、いよとおく、かしこしずかにうるおえる
空になん、の息絶ゆるとわれはながめぬ。

『山羊の歌』より
ま帆片帆
「ま帆」は、帆を正面に向け、全面に追い風を受けて走ること。「片帆」は船の帆を一方に傾け、横風をはらませて走ること。
ぬか
ひたいのこと。
いと
琴・三味線、バイオリン、ギターなどの弦楽器。

朗 読

解 説

みちこ

「みちこ」は1930年1月『白痴群』第5号が初出である。後に1934年10月『四季』創刊号に発表された。

「そなたの胸は海のよう
 おおらかにこそうちあぐる。
 はるかなる空、あおき浪、
 涼しかぜさえ吹きそいて
 松の梢をわたりつつ
 磯白々とつづきけり。」
 
白い砂浜と群青の波、……海浜の光景がそのまま豊満な女の肉体と重なり、「しどけなき、なれがうなじは虹にして」と、女体は海から空へと立ち上っていく幻の虹となって終わる。そして海原は夕日をたたえ「空になん、の息絶ゆるとわれはながめぬ。」で終わっているのである。

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