幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました
幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました
幾時代かがありまして
今夜此処での一と殷盛り
今夜此処での一と殷盛り
サーカス小屋は高い梁
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ
頭倒さに手を垂れて
汚れ木綿の屋蓋のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
それの近くの白い灯が
安値いリボンと息を吐き
観客様はみな鰯
咽喉が鳴ります牡蠣殻と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
屋外は真ッ闇 闇の闇
夜は劫々と更けまする
落下傘奴のノスタルヂアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
「サーカス」は1929年『生活者』10月号に最初「無題」として発表された。
「幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました」
と始まるこの詩は、日清日露の戦争の事を指している。
「サーカス小屋は高い梁/そこに一つのブランコだ」と最初下から見上げる空中ブランコを、次には「観客様はみな鰯」とブランコ乗りの視線で歌いだす。こうした視線の移動が中也の詩に不思議な時空の歪みを作りだすのである。
この詩のポイントは「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」というオノマトペのおもしろさにあり、中也の詩の中で最も愛唱される詩である。1934年の秋、麻布竜土軒で草野心平達が主催した朗読会で、中也は「サーカス」を朗読した。その独特なかすれた低い声で。
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