幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました
幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました
幾時代かがありまして
今夜此処での一と殷盛り
今夜此処での一と殷盛り
サーカス小屋は高い梁
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ
頭倒さに手を垂れて
汚れ木綿の屋蓋のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
それの近くの白い灯が
安値いリボンと息を吐き
観客様はみな鰯
咽喉が鳴ります牡蠣殻と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
屋外は真ッ闇 闇の闇
夜は劫々と更けまする
落下傘奴のノスタルヂアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
「サーカス」は1929年『生活者』10月号に最初「無題」として発表された。
「幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました」
と始まるこの詩は、日清日露の戦争の事を指している。
「サーカス小屋は高い梁/そこに一つのブランコだ」と最初下から見上げる空中ブランコを、次には「観客様はみな鰯」とブランコ乗りの視線で歌いだす。こうした視線の移動が中也の詩に不思議な時空の歪みを作りだすのである。
この詩のポイントは「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」というオノマトペのおもしろさにあり、中也の詩の中で最も愛唱される詩である。1934年の秋、麻布竜土軒で草野心平達が主催した朗読会で、中也は「サーカス」を朗読した。その独特なかすれた低い声で。
ご感想
桜井浩さん 2020/12/23 8:24:08
幾時代かがありまして、この部分のリズムにとても惹かれて、中原中也についてよく調べた思い出があります。茶色と表現するのは不思議だと思いますが、この時代の人はきっと誰もが茶色と表現する、そんな気がします。シャブはダメだ。
キノダルマさん 2020/10/14 18:27:28
サーカス、久しぶりに聞きました。 幼稚園のころよく『日本語であそぼ』で聞いていた記憶が蘇ります。 ここ最近、文豪ストレイドッグスにはまり始め、私のリア友に漫画を借りて読んでいるほどです。 中原中也さんの作品は元々好きだったので、よかったです。 素晴らしい朗読、ありがとうございました。
noguさん 2018/11/26 14:55:46
金沢の犀星記念館から忍者寺に行く途中に中也の詩「サーカス」にゆかりの神社があることを知りました。神明宮というその神社を訪れると、中也が幼少の頃ここで行われたサーカスを見て、その印象で「サーカス」を書いたと伝えられているとのこと。中也が子供の頃、金沢に住んでいたとは意外でしたが、私は境内のケヤキの巨木を見上げ、当時のサーカス小屋を想像して、「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」と思わず口ずさんでいました。
さはらやさん 2018/07/03 20:51:52
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん この詩を知ってから、ふと気づくとこの一節をつぶやいている時があります。ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん 思わず声に出したくなるこの不思議。つぶやいた時、すぐに詩の全体を手にしたくてこの詩集を買いました。「サーカス」だけでなく中原中也の詩は声に出して読みたくなるものばかりです。うす暗いサーカス小屋の不思議な世界につれて行ってくれる大好きな詩です。
匿名さん 2018/03/03 11:32:19
情報過多の時代に神経まいっている老境にあって、心なぐさめられる一編です。
みちこさん 2017/10/01 21:52:33
その人は「サーカス」が好きだと話していた。ノスタルジックで華やかで、もの悲しくもにぎやかで。 『それの近くの白い灯』は、その人の胸の内にぽっと灯された叙情のともしび。消え入りそうで消えない心のゆらめき。 どんな姿の人だったのか。影絵の中でしか形をとどめない。手のひらで守っていたい故郷(ふるさと)への思いや、形にしたいいぶし銀の夢を語っていた。行動もした。その土地にサーカスをよび込んだ。人を呼んだ。穏やかな笑顔の底から湧き出るエナジー。 そして、小さなつむじ風のように、突然逝ってしまった。その人が好きだった詩「サーカス」。 『今夜此處での一と殷盛り 今夜此處での一と殷盛り』
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