ホラホラ、これが僕の骨 中原中也ベスト詩集

冬の日の記憶

昼、寒い風の中ですずめを手にとって愛していた子供が、
夜になって、急に死んだ。

次の朝は霜が降った。
その子の兄が電報打ちに行った。

夜になっても、母親は泣いた。
父親は、遠洋航海していた。

雀はどうなったか、誰も知らなかった。
北風は往還おうかんを白くしていた。

つるべの音が偶々たまたました時、
父親からの、返電が来た。

毎日々々霜が降った。
遠洋航海からはまだ帰れまい。

その後母親がどうしているか……
電報打った兄は、今日学校でしかられた。

『在りし日の歌』より

朗 読

解 説

冬の日の記憶

「冬の日の記憶」は、1936年『文学界』2月号が初出である。

「昼、寒い風の中で雀を手にとつて愛していた子供が、
夜になって、急に死んだ。」

と始まる譚詩で、急に死んだ子供の兄と母親と遠洋航海に出ている父親との話である。
兄は電報を打ちに行き、母親は泣いた。

「つるべの音が偶々した時、
  父親からの、返電が来た。」

毎日霜が降り、父親は遠洋航海から帰れない。……それで物語は終わる。最後の2行は次の様である。

「その後母親がどうしているか……
  電報打った兄は、今日学校で叱られた。」

1915年1月4歳で死んだ弟亜郎がモデルであろう。中也が、「的履歴書」の第1項に挙げているのが、この弟亜郎の死である。その喪失の悲しみから詩人になったのだ。

※詩的履歴書 「わが詩観」という未発表の評論の最後にある、中也自身が「詩」にまつわる履歴を年代順に整理した文章。冒頭に「――大正四年の初め頃だったか終頃であったか兎も角寒い朝、その年の正月に亡くなった弟を歌ったのが抑々(そもそも)の最初である」とある。 

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