雨が、あがって、風が吹く。
雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
なまあったかい、風が吹く。
なんだか、深い、溜息が、
なんだかはるかな、幻想が、
湧くけど、それは、掴めない。
誰にも、それは、語れない。
誰にも、それは、語れない
ことだけれども、それこそが、
いのちだろうじゃないですか、
けれども、それは、示かせない……
かくて、人間、ひとりびとり、
こころで感じて、顔見合せれば
にっこり笑うというほどの
ことして、一生、過ぎるんですねえ
雨が、あがって、風が吹く。
雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
なまあったかい、風が吹く。
「春宵感懐」は、1936年『文学界』7月号に発表された。
「雨が、あがって、風が吹く。
雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
なまあったかい、風が吹く。」
これはこの詩の最初の4行だが、もう一度この詩の最後にも現われる。この「春の宵」が隠しているのが「幻想」である。けれども「誰にも、それは、語れない」のだ。それこそが命だと中也は言うのである。「けれども、それは、云かせない……」と。
「かくて、人間、ひとりびとり、
こころで感じて、顔見合せれば
にっこり笑うといふほどの
ことして、一生、過ぎるんですねえ」
というのは、中也の感想である。
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