亡びてしまったのは
僕の心であったろうか
亡びてしまったのは
僕の夢であったろうか
記憶というものが
もうまるでない
往来を歩きながら
めまいがするよう
何ももう要求がないということは
もう生きていては悪いということのような気もする
それかと云って生きていたくはある
それかと云って却に死にたくなんぞはない
ああそれにしても、
諸君は何とか云ってたものだ
僕はボンヤリ思い出す
諸君は実に何かかか云っていたっけ
「昏睡」は、未刊詩篇で、制作は1934年4月22日である。この年『紀元』『半仙戯』『四季』『鷭』『日本歌人』に多数詩を発表した。
「亡びてしまったのは
僕の心であったろうか
亡びてしまったのは
僕の夢であつたろうか」
4行4連のこの詩の最初の1連目である。中也は結婚して4ヶ月目で、妻は妊娠し、しかも眼を患っていた。中也は妻の手を引いて毎日病院通いをしていた。母の仕送りで生活は安定し、前年刊行した『ランボウ詩集』で中也の詩人としての存在が知られるようになった。しかし中也は前年の結婚を自身の喪の儀式だったと感じていたのではないか。
詩人は明確な事を云っている訳ではない。「ああ、それにしても、/諸君は何とか云ってたものだ」と。
ご感想
感想を書き込む