ホラホラ、これが僕の骨 中原中也ベスト詩集

吾子あこ吾子あこ 

ゆめに、うつつに、まぼろしに……
見ゆるは、何ぞ、いつもいつも
心にまといて離れざるは、
いかなる愛、いかなる夢ぞ、

思い出でてはなつかしく
心にみて懐かしく
磯辺いそべの雨や風や嵐が
にくらしゅうなる心は何ぞ

雨に、風に、嵐にあてず、
育てばや、めぐしき吾子あこよ、
育てばや、めぐしき吾子よ、
育てばや、ああいかにせん

思い出でては懐かしく、
心に沁みて懐かしく、
吾子わが夢に入るほどは
いつもわが身のいたまるる

(一九三五・六・六)
未発表詩篇より
育てばや
育ってほしいなあ。
めぐしき
いとおしい。かわいらしい。

朗 読

解 説

吾子あこ吾子あこ

「吾子よ吾子」は1935年6月6日に制作された未刊詩篇である。この詩は前年10月18日に生まれた長男文也を歌ったもので、中也は6月市ヶ谷に転居したところだった。

 「ゆめに、うつつに、まぼろしに……
  見ゆるは、何ぞ、いつもいつも
  心に纏いて離れざるは、
  いかなる愛、いかなる夢ぞ、」

と始まるこの詩は、まだ郷里にいる文也を歌っている。「育てばや、めぐしき吾子あこよ」と。文也はこの時、満1歳に満たず8カ月程であったが、その吾子を、「吾子わが夢に入るほどは/いつもわが身のいたまるる」と、いとしさを込めて歌っている。

ご感想

感想を書き込む

お名前(ペンネーム可)

メール(ページには表示されません。省略可)

ご感想