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いわき病院事件の高裁鑑定論争


平成27年1月21日
矢野啓司・矢野千恵
inglecalder@gmail.com


いわき病院事件裁判は平成26年12月5日に公判が行われ、控訴人(原告)側が、被控訴人(被告)いわき病院側が提出した鑑定書に反論する鑑定意見書を提出しました。いわき病院が野津純一氏に対して行った精神科臨床医療に関する鑑定論争を報告します。



目次 (下線部分をクリックすると各ページへジャンプします)


1、高裁鑑定論争の概要

  1. 精神科医療の鑑定
  2. SSRI抗うつ薬パキシルの突然中止
  3. 抗精神病薬(プロピタン)の突然中止
  4. 裁判官の判断
  5. 鑑定論争に関して
  6. 精神科医療と賠償責任

2、高裁鑑定意見

  1. いわき病院高裁鑑定人の鑑定意見
  2. 藤野鑑定意見書
  3. 西村鑑定意見書
  4. デイビース医師団鑑定意見書


1、高裁鑑定論争の概要


(1)、精神科医療の鑑定


(1)、いわき病院の鑑定人は精神医療の専門家ではない

  いわき病院が推薦した琉球大学臨床薬理学教授で高血圧症が専門の「いわき病院高裁鑑定人」の意見が平成26年8月1日の公判で提出されました。これに関し控訴人側はいわき病院高裁鑑定人の精神科臨床の経験や精神薬理学の研究実績を調査しましたが、本件裁判で対象となっている精神薬理学における実績を確認することができませんでした。いわき病院は精神科専門医療機関です。いわき病院長の渡邊朋之医師は精神保健指定医であり、精神科開放医療に関連する全国専門家集団であるSST(社会生活技能訓練)普及協会の役員(理事)であり、その上で国立香川大学付属病院精神科外来担当医です。その精神科臨床医療を弁護した、いわき病院が推薦した専門家は精神医療を専門に研究していなかったという事実がありました。日本の精神医療裁判で、専門家でもない大学教授の鑑定意見に基づいて判決が行われるとしたら、正当な精神科医療を実現しているという真実に基づいて判断されるべき裁判で、精神障害を適切に治療して精神障害者の人権を守る医療が実現することが約束されません。

控訴人矢野が裁判を行う目的は、精神科医療の促進と精神障害者の社会参加の拡大、そして精神障害の有無にかかわらず普遍的に社会が守り育てる人権の実現です。人権は全ての人間に平等であり、他者に犠牲を強いる論理は許されません。社会の安全確保を大義名分として精神障害者を危険な存在と決めつけて、劣悪な医療のまま閉じ込めることは間違いです。精神科開放医療をお題目にして、精神薬理学的に間違った医療を行い、なおかつ治療放棄をした医療に責任を取らず、市民に命の犠牲が発生することに責任を取らない社会は、正義ではありません。この願いは、「人権!人権!人権!」と叫ぶお念仏ではありません。普遍性のある人の生存と自由に関する法的権利の実現であり、社会制度や機能の整備です。また人権の普遍性にかかわることで、特定の専門家集団や機関が独占的に判断を委ねられ、批判に晒されないことも間違いです。日本で行われる精神障害者に対する精神科医療は国際的に通用する精神医学に基づいた学術的客観性に裏付けられていなければなりません。今日の社会で人権を擁護する活動や手段は、科学技術の成果により、より確実性が高まるものであると確信します。私たちはこの裁判で人間の精神の自由と法的権利を確認する精神医学及び精神医療が日本で実現することを課題とします。

控訴人矢野は法廷における精神医学鑑定論争は、高度な水準に到達した精神医学の専門家が学者として誠実な姿勢で行うことが望まれると考えます。このため、精神医学の教授格(現教授、元教授、元助教授であっても教科書や重要文献等の著者)の方々に、直接または間接に依頼し、更には公募形式で執筆者を募集し、「いわき病院が行った精神薬理学の適否に焦点を当てた意見」を求めましたが、これに応じて下さる日本人の精神医学権威者と巡り会うことはできませんでした。高裁鑑定論争に、精神医学を専門とする日本人大学教授格学者の参加を、控訴人側の推薦であれ、被控訴人側の推薦であれ、得られなかった事を、非常に残念に思います。日本の精神医療の専門家と権威者が、精神薬理学の高裁法廷審議で精神医療の業績を持たない部外の専門家の鑑定意見を許したことは驚くべきです。自らの専門の名誉と権威を他者に委ねたことは極めて残念な事実です。

控訴人矢野はいわき病院が入院患者野津純一氏対して行った精神科医療の問題(精神薬理学の知見、経過観察と医療的介入、看護の適切性等)は、高度の学識を有する精神医学専門家によって論じられることが必須であると考えます。その事により、本件裁判を通して、精神医療の課題を明らかにすることが可能になり、裁判の結果として日本の精神科医療が国際的水準の信頼を得ることに繋がると確信します。精神科専門医療機関であるいわき病院が推薦した鑑定専門家が精神医療の専門外であった事実は、極めて残念に思います。仮にいわき病院が問題の本質は精神科医寮の問題ではないと主張したのであれば欺瞞です。私たちはそのようなごまかしを許さない陣容で再反論をすることにしました。


(2)、精神薬理学の国際的最先端集団

  控訴人矢野は地裁段階で鑑定意見を執筆した、元新潟大学医学部看護学教授藤野邦夫氏、及び精神科臨床医師・医学博士(精神薬理学)西村直之医師に再度の鑑定意見執筆を依頼しました。その上で、カナダ・トロント大学CAMH(嗜癖・精神保健センター)デイビース助教授に、デイビース医師団鑑定人の体制を日本側で教授格であることを容易に認識できる陣容に再構成できないかを依頼し、西オーストラリア大学精神科教授ショーン・フッド精神科医師が参加することになりました。控訴人が鑑定を依頼した藤野元教授はわが国における精神科看護学の権威です。西村医師は現役の臨床医師で精神薬理学医学博士です。その上で、デイビース医師団の(デイビース医師、フッド医師、クリスマス医師)は精神薬理学の世界的権威者集団です。また、今回の西村鑑定意見は単独で提出されたものではなく、事前にデイビース医師団と協議して調整の上で、日本側のパートを受け持ったものです。デイビース医師団の鑑定意見は、国際的に最先端の見解であると共に、西村鑑定人の協力により日本の精神科医療現場との整合性が確保されたものです。



(3)、尊厳ある精神医療鑑定の実現

  私たち控訴人(地裁原告)矢野は、いわき病院が推薦した鑑定人(千葉大学医学部教授)の鑑定意見がその意見の学問的正しさや、鑑定意見を起草した前提の客観性を見極めることなく、国立大学教授という権威に依存して地裁判決で全面的に採用された事に衝撃を受けました。いわき病院が推薦した千葉大教授は原告と被告の間で事実認定に意見の一致を見ない根性焼きを論じないと鑑定の前提を置いていたにもかかわらず、判決ではいわき病院が推薦した地裁鑑定人の意見を根拠にして「いわき病院は根性焼きを見逃していた訳ではない」と判断されたことにも矛盾がありました。裁判所における精神医学的判断は、事件が発生した時点の客観的な事実関係と精神医学の水準に正しく基づいたものでなければなりません。地裁の判断がいわき病院の推薦した鑑定人による意図的な錯誤を誘導した意見に乗せられていたことは、日本の事実認定手続きの信頼性を傷つけるもので残念でした。更に、いわき病院が推薦した地裁鑑定人の鑑定意見には学問的誠実性の側面で、最初は英国の事例を持ち出して議論を煙に巻くことを意図したにもかかわらず、地裁原告(控訴人)が推薦したデイビース医師団から反論にあうと「ここは日本である」と回答して逃げるなど、精神医学専門家として一貫性と尊厳を持たない、極めて残念な姿勢がありました。いわき病院が推薦した地裁鑑定人の業績は英国の精神科開放医療を日本に紹介と導入したところにあります。自らの学問の普遍性を否定したところに、日本の精神医学者として品位が損なわれており、自らの名誉を傷つけたと考えます。

控訴人矢野は高裁における精神医療の確認者及び鑑定者の役割を地裁に引き続いて、デイビース医師団鑑定人と西村鑑定人に託し、看護的な側面を藤野鑑定人に依頼しました。日本における精神医学裁判に、精神科医師である日本の大学教授格の専門家が参加しないままで審議が行われる事は遺憾です。しかしながら、控訴人側は、今日の国際精神神経学会で最先端の精神医療、精神医学、精神薬理学専門家集団に協力を得ることができた事実を誇りにします。私たちは、国際的に通用する人間の尊厳を大切にした法廷の議論の展開が行われることに期待します。



 
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