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いわき病院事件の高裁鑑定論争


平成27年1月21日
矢野啓司・矢野千恵
inglecalder@gmail.com


2、高裁鑑定意見


【2】、藤野鑑定意見書
精神科医療における自傷他害行為の予測可能性及び
いわき病院の看護師の技術水準不足


元新潟大学医学部保健学科教授
藤野邦夫

1)、精神保健福祉制度と精神科医師の自傷他害予測

地裁いわき病院鑑定人は意見書III、P.5で〔藤野鑑定人は、「医師は、『精神障害者のなす突発的な異常行動は予想しきれない』という。一方、措置診察では、初対面で非協力的な対象者も診察するが、一時間程度で精神障害者か否か、今後近い時期に自傷他害の行動が予想されるかを判断している。これは予測困難な異常行動の発生予測を前提としている。場面によって予測困難と言い、措置診察では、予測可能との使い分けは『矛盾』であり専門性の否定である」という意見は、措置入院の診察を受ける患者と一般の精神障害者の突発的な異常行動とを混同した議論のように思われる。措置入院の診察を受ける患者の多くは精神保健福祉法第24条および25条に基づく警察官・検察官通報が多い。警察官通報の前提には、その直前に患者に自傷行為や他害行為が存在しており、そして精神医学の知識がない警察官でも「自傷他害のおそれ」があると考えた事例である。と鑑定意見を述べた。

上記に関して藤野意見書(平成24年10月15日付)で「精神科医師は、精神障害者のなす突発的な異常行動は予測できないと言いながら、一方の措置診察では自傷他害のおそれを容易に判断している。それは矛盾であり専門性の否定である」と指摘した。

地裁いわき病院鑑定意見は、「警察官通報や検察官通報の場合は直前の自傷他害行為が明白なので予測ができる。しかし、一般の精神障害者の突発的な異常行動は予測できない。」としている。しかしながら、えん罪事件や警察官による誤認逮捕が存在することも事実である。これは、警察官や検察官の事実認定が不確かである可能性があることを意味している。この背景には、警察官は、治安優先の思考に偏りがちで対象者が措置入院になることを密かに望んでいる可能性がありえる職業的特性が考えられる。

地裁いわき病院鑑定意見書は、警察官、検察官が作成した書類を正しいとの前提で措置診察をしているという論理となる。しかしながら精神保健指定医の本来の役割は、専門性を背景に客観的に事実認定し、行政権限をもって強制治療するか否かの判断を求められている。精神保健指定医は通報機関の情報を疑ってかかるほどの慎重さが求められ、専門性に基づいた意見が期待される社会的役割を担っている。地裁いわき病院鑑定人は、精神保健指定医の役割を適切に認識せず、通報機関からの情報に依存して措置診察をしていることになり、専門家としての役割と機能を否定した盲目的な意見である。

地裁いわき病院鑑定意見書の、「精神保健福祉法の警察官、検察官通報の場合は、指定医はその情報に基づき専門的判断として自傷他害のおそれを予測できる。」とし、「一般の精神障害者の突発的な異常行動は予測できない」とする使い分けは科学的根拠のない言い訳である。地裁判決が精神医学的な判断の拠り所とした地裁いわき病院鑑定意見は大学教授の権威を前面に出しているが、精神医学の専門家として果たすべき役割を果たしておらず、社会が容認してはならない無責任な意見であった。地裁いわき病院鑑定人の言う「一般の精神障害者と措置入院患者の違い」の説明がないままで、地裁いわき病院鑑定意見を地裁判決が根拠としたことは不適切であった。

地裁いわき病院鑑定意見に、さらに付け加えれば、精神障害者は適切な治療が行われることによって措置症状が消退する。この場合は、精神保健福祉法第29条の4と29条の5に基づき知事に措置症状消退届けを出さなければならない。精神保健指定医は、自傷他害の症状が減少したと予測できるからこそ届け出ができる。ここでも、精神科専門医として予測可能性が問われており、現実には、予測できないとする精神保健指定医は存在しない。

N氏は、過去に香川医大女医襲撃未遂や男性看護師に突然襲いかかるなどの行動履歴があった、警察官通報がなくともそれだけで、精神保健指定医であるW医師に自傷他害行動などの問題行動の予測は、出来ると考えて良い。精神科医として特別な資格を与えられたW医師に「予測不可能」と鑑定したことは、地裁いわき病院鑑定人の精神保健福祉制度否定である。法廷における判決は、制度の目的達成に貢献するものであることが期待されており、制度破壊の鑑定意見に乗せられてはならない。


2)、いわき病院看護師の技術水準

精神科看護の教科書において精神科看護の基本は、患者の立場を尊重した

  1. 共感的理解
  2. 信頼関係の構築

から始まる、としている。精神障害者には、不快な病的体験と対人関係の障害等の経験に基づく周囲の人への不信感を持つ者が含まれている。その背景に、薬物療法中心の治療では精神的な安定感が得られないという現実がある。

精神科看護に関する、共感的理解とは、看護師が対応する患者に対し、その人の世界をあたかも自分の世界であるかのように感じ取り、その「あたかも」を認識できる職業的専門的性質を失わないことである。共感的理解は同情や同感とは区別される。また、信頼関係を築くには、精神障害を持つ患者その人の世界観を理解し承認する。つまり、看護師としてプロフェショナルな意識を持ち、相手の考えや気持ちを理解し、認めてあげることである。

いわき病院の看護記録も他の精神科病院でも使用している、S(主訴)、O(所見)、いわき病院(評価)、P(方針)を使用している。しかしながら、いわき病院の記録には主訴が多く書かれているが、その患者が示し訴えた事実に対して専門的な判断評価と看護援助が欠けている。つまり、患者の立場が尊重されておらず患者=看護師の信頼関係が未熟なまま入院患者を扱っている様子が記録に残っている。いわき病院の看護師は「様子観察」という対応引き延ばしを行い。看護専門職としてなすべき義務を果たしていない。アカシジアで苦しむ患者野津純一氏の辛さの受けとめや辛さを和らげる言葉の投げかけも記録されていない。共感的理解を欠いた、無為・無策・放任の看護であった。必要とされる記録がないことを持って、免責の理由とすることは間違いである。それでは、良質な精神科看護は実現しない。

精神科専門である主治医は、長時間患者と接している看護師の観察や判断を信用して患者の生活態度や服薬の効果等を評価判断するのが一般的である。看護師が患者との信頼関係が構築されていれば、患者は自ら不安や小さな訴えも気軽に看護師に言ってくる。つまり、外観の観察ではなく内面の観察も自然に出来るのが専門性である。しかしながら、いわき病院では野津純一氏の顔面を正視した対応が行われていなかったことは、患者が顔面に自傷した根性焼き(火傷の瘢痕)を発見してなかったことからも明らかである。いわき病院の看護は、医師に適切な情報を提供できる水準に到達していたとは言えないものである。

W医師は、病院長として自分の病院の看護師の技術水準の低さに気づかず、不十分な看護体制を放置していた責任がある。看護師の技術水準は、他職種とのチーム医療における症例検討会議において看護師の発言を聞けば容易に把握できるが、それすら行われていない。看護師が患者観察を満足に行っていない不十分な看護体制を放置した責任は重大である。その上で、主治医のW医師は、平成17年11月23日から抗精神病薬プロピタンと抗うつ薬SSRIパキシルを同時突然中止した後の、重大な処方中止や注意点を看護師に伝えなかった不作為の上に、経過観察を看護師に頼り、更に、12月1日から実行したアキネトンを生理食塩水に代えたプラセボテストの評価を看護師の報告に依存して、医師自らが病状の実態を確認しない医師法違反を行った。

極めて低いまま放置された看護師の技術水準、そしてその看護師の観察に依存したW医師の責任放棄の精神科臨床医療は、今日の日本で放置されることは許されない。



   
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