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いわき病院事件の高裁鑑定論争


平成27年1月21日
矢野啓司・矢野千恵
inglecalder@gmail.com


1、高裁鑑定論争の概要


(2)、SSRI抗うつ薬パキシルの突然中止


(1)、いわき病院代理人の根拠を示さない断定

  いわき病院鑑定人(琉球大学内科薬理学教授)は、いわき病院が野津純一氏に対して行った複数の向精神薬の同時突然中止に関係する精神薬理学に関する鑑定意見を提出しました。その内容は、SSRI抗うつ薬パキシルの突然中止はそれほど危険ではないという報告が当時既に英国で行われていた。またパキシル20mg/日を三環系抗うつ薬のアミトリプチリン(ノーマルン)10mg/日に置き換えてCross taperingしたので問題は無い。また、抗精神病薬(プロピタン)の常用量投与(150mg/日)を突然中止した問題は、元々投与量は控えめな量で、しかもプロピタンの抗幻覚妄想作用も低いので、一度に中止しても中断症状は出ない。従って「パキシル、プロピタンの同時また突然の中止と本件殺人事件発生に関連はない。」という鑑定意見です。

いわき病院高裁鑑定人はパキシルを三環系抗うつ薬のアミトリプチリンに置き換えても問題がないとする主張の根拠となる文献を提出しておりません。また、英国で行われたとされる「SSRI抗うつ薬パキシルの突然中止はそれほど危険ではないという報告」を証拠提出できておりません。いわき病院鑑定人は「パキシル20mg/日量は,低用量なので中断症状(離脱症候群)を引き起こすことはない」と臨床的に証明する証拠論文を提出していません。更に「プロピタンの抗幻覚妄想作用も低いので、一度に中止しても中断症状は出ない」という主張の根拠となる論文を提出しておりません。大学教授が鑑定意見書に記載したからその見解が正しいのではありません。その大学教授が精神医療の専門家でなくても、裁判所が鑑定意見の根拠を確認せずに判決を行うことは正しい判断ではありません。それでは、日本の裁判制度の信頼を傷つけます。そのような盲目の判断が行われるならば、日本はまるで未開社会に等しい状況ということになります。この様な専門外の学者の暴走を許すことは、日本の精神医療及び精神医学界の名誉を傷つけます。

なお、控訴人矢野はいわき病院側鑑定意見の根拠となる論文を平成27年1月15日までに法廷に提出することを求めました。しかしながらいわき病院鑑定人の琉球大学教授は、鑑定意見を提出してから5ヶ月半経過した後でも、根拠と証拠を提出できませんでした。次期法廷開催日の3月19日(木)までに何らかの文献を提出する可能性は否定できません。しかしながら、そもそも英国側のデイビース医師団鑑定人(本分野では世界的権威者集団である)の調査から漏れた、デイビース医師団鑑定人の意見を否定する英国の権威ある文献を提出できるとは思われません。


(2)、パキシルのCross tapering

  西村鑑定人の調査では、国内では「パキシルを三環系抗うつ薬のアミトリプチリンに置換」する処方に当時から危険性が指摘されていた事実はあっても、推奨されていないことが判明しました。また、西村鑑定人とデイビース医師団鑑定人によれば、いわき病院鑑定人が主張したCross taperingは手法として定義に外れているばかりか、パキシル20mg/日を三環系抗うつ薬のアミトリプチリン(ノーマルン)10mg/日に置き換えても、セロトニン・トランスポーター機能で評価すれば0.004(1/281)比しかなく、そもそも薬効を期待できないことが指摘されました。更に、英国ブリストル大学ナット教授門下の鑑定人集団であるデイビース医師団は「英国で行われたSSRI抗うつ薬パキシルの突然中止はそれほど危険ではないという調査報告」の存在を認めておりません。いわき病院が推薦した高裁鑑定人は精神薬理学者ではありませんが、いわき病院は精神科専門医療機関であり、渡邊朋之医師は精神科専門医です。従って、高裁鑑定人が間違った意見を提出した責任はいわき病院にもあります。いわき病院はこの点で責任逃れをしてはなりません。



(3)、本質はSSRI抗うつ薬パキシルの突然中止

  SSRI抗うつ薬パキシルの問題の本質は、添付文書の【使用上の注意】の2、重要な基本的注意の(3)の「投与中止(特に突然の中止)により、めまい、知覚障害(錯感覚、電気ショック様感覚等)、睡眠障害、激越、不安、嘔気、発汗などがあらわれることがあるので、突然の投与中止は避けること。投与を中止する際は、徐々に減量すること。」と記述がある突然の中止です。この添付文書にある「突然の投与中止は避けること」の記載は、今日に至るまで一貫した記載であり、事件以前から今日まで代替手法は推薦されておりません。主治医は、自らの見識で添付文書の指示に従わない処方を行うことは可能です。精神科開放医療を促進するSST(社会生活技能訓練)普及協会の役員(理事)であり、その上で国立香川大学付属病院精神科外来担当医でもある高度の技量を持った筈の精神科専門医である渡邊朋之医師が、自らの判断でパキシル20mg/日を突然中止して三環系抗うつ薬のアミトリプチリン(ノーマルン)10mg/日に置き換えること自体は違法ではありません。(本件に関連して、地裁判決はいわき病院地裁鑑定人(千葉大教授)の意見に従って、渡邊朋之医師を大学病院の水準にない地方病院の一般的な医師として、医療水準のダブルスタンダードを容認しましたが、それは間違いです。)しかしながらその場合には、「パキシルを徐々に減量する」よりはるかに慎重な主治医が直接行う経過観察義務があると考えることが適切です。渡邊朋之医師は11月23日にパキシルを突然中止した後で、睡眠薬を服用した11月30日の夜間に1回だけ診察しただけでした。これでは、適切な経過観察を行ったとは言えません。臨床医師の基本的な義務は受け持ち患者を自ら診察して病状の変化を正しく認識するところにあります。いわき病院はこの点で責任逃れをしてはなりません。

いわき病院高裁鑑定人は英国調査があるので危険性は無かったとしておりますが、その根拠を提出する必要があります。大学教授が「英国の調査」と言えば、日本でその発言が有効となるものではありません。いわき病院は地裁鑑定(千葉大教授)でも「英国の事例」を自ら述べたにもかかわらず、デイビース医師団鑑定人から反論にあうと「ここは日本である」と逃げた前歴があります。そのような詭弁を繰り返してはなりません。なお、今後、いわき病院高裁鑑定人(琉球大学教授)が英国の事例に関する文献を法廷に提出する場合には、その内容と主張の真偽をデイビース医師団鑑定人に評価してもらうことが、必須の要件となります。地裁の結審時に行われた、結審の法廷が開催される前日に文書を提出して裁判官の判断を惑わせる目くらまし戦術に英国の文献提出を利用するようなごまかしを行う事は、日本の法廷の国際的信頼を揺るがします。いわき病院鑑定人は日本の学問的信頼性を自ら傷つけてはなりません。




   
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