いわき病院事件の高裁鑑定論争
1、高裁鑑定論争の概要
(4)、裁判官の判断
(1)、法律家の判断
いわき病院高裁鑑定人(琉球大学教授)の精神薬理学的な根拠を西村鑑定人とデイビース医師団鑑定人は「間違い」と指摘しました。判決は精神医学者ではない法律専門家の裁判官が行うものです。そこに、必ずしも精神医学的また科学的に正しくない判断が下される可能性が入り込む要素があります。
いわき病院のお得意技は控訴人の主張を巧みに言い換えて、あたかも控訴人が非現実的であり得ない主張を行ったかの如く、裁判官の問題認識を眩惑するところにあります。いわき病院鑑定人が行った鑑定意見の大前提は、以下の主張を控訴人は行っていないにもかかわらず、控訴人の主張として議論を展開しました。
- パキシルの離脱症状が発現し、イライラ・興奮が亢進して、約2週間後に殺人事件に至った。
- プロピタンの中止により定期処方の抗精神病薬がなくなったことにより、患者の幻覚妄想が抑制できなくなり、パキシルの離脱症状としての興奮等も抑制できず、中止から2週間後に殺人事件に至った。
控訴人矢野はパキシルを添付文書の指示に従って徐々に減量して、経過観察を行っていたら、殺人事件の発生を効果的に抑制できたと主張しています。また、プロピタンの中止で2週間後に自動的に殺人事件が発生することもありません。問題の本質は、いわき病院の医療放棄です。本質ではない問題を主張して、木を見て森を見ずの方向に誘導するいわき病院に裁判官は眩惑されてはなりません。医学を含めて科学は普遍性の追求と解明及びその成果を人間社会の向上に役立てることです。その成果が今日の人権の普遍性を追求する社会の基礎的な要件となっているのです。いわき病院の重大な処方変更後に主治医が自ら経過観察を行わない、治療放棄という問題の本質を見誤ってはなりません。
(2)、風邪症状であったか否かは本質的な問題ではない
平成26年12月5日の法廷で、高裁裁判官は「平成17年12月5日の風邪症状を説明すること」をいわき病院側に求めました。これは、控訴人側が野津純一氏の症状は「アカシジアによるイライラの亢進」が殺人事件を引き起すに至った主症状としていることに関する高裁裁判官の疑問提出です。いわき病院は「野津純一は風邪だった」として、「風邪だったので、主治医が診察する必然性はなかった」と主張してきた経緯があります。そもそも「風邪で殺人」という行動を起こす必然性はありません。風邪が大流行する冬期に殺人事件が大発生するという事実はありません。また、仮に患者野津純一の症状が風邪(インフルエンザを含む)であったとしても、主治医はSSRI抗うつ薬パキシルを突然中止した後であり、SSRIを中止した後で発現する可能性があるインフルエンザ様症状等他に留意する必要があり、複数の向精神薬を突然処方変更した主治医自らが診察する義務がありました。主治医には看護師が報告した風邪症状とSSRI抗うつ薬パキシルの離脱症状としてのインフルエンザ様症状である可能性を考えた病状の変化を確認するため自らの眼で診察して見極める責任がありました。これに関して添付文書に記載された重要な情報を読まないという、主治医渡邊朋之医師の不作為による錯誤した医療を免責理由としてはなりません。添付文書の記載事項を読まないことや理解しないことは主治医の過失です。また同時に行った抗精神病薬プロピタン中止により抗妄想幻覚作用が失われた事による再燃や中断症状である可能性を、主治医自ら確認する義務が失われることもありません。
いわき病院は「風邪の患者が殺人することは予想できない」と自己弁護する可能性が高いでしょう。それは意味のない自己弁護論です。しかしながら高裁裁判官が、その論理に眩惑されて、「風邪だった可能性があるので、複数の向精神薬突然中止による中断症状は決定的と言い切れない」と本質を見誤った判断を行うことが懸念されます。渡邊朋之医師が、風邪症状と伝え聞いて、インフルエンザ様症状の可能性を疑い、向精神薬中止による中断症状の可能性を考えて、主治医自らが診察を行わなかったことが、決定的な過失です。問題の本質は、風邪症状ではなく、野津純一氏が持続的に苦しんでいた、アカシジアに対する主治医の対応です。主治医が重大な時期にある患者を経過観察せず、診察しないことが問題の本質です。患者の治療放棄をする医療を放置してはなりません。
(3)、本件は国際的に通用する判断が求められる
地裁段階から本件裁判で国際的に通用する判断を最初に求めたのはいわき病院です。また、いわき病院が推薦した地裁鑑定人(千葉大教授)は英国の精神科開放医療を基本に置いた鑑定意見書を最初に提出した経緯があります。更に、いわき病院が推薦した高裁鑑定人(琉球大教授)も、英国留学経験があり英国の事例を基本において(根拠となる文献を提出せずに)、薬理学的にいわき病院の過失責任はないと、主張しました。いわき病院側が行った主張の基本は、国際社会、特に英国で通用する精神科医療という視点です。
控訴人は国際社会や国連及びWHOで通用する精神科開放医療が日本で実現することを願っており、英国を中心として世界(英国、カナダ、オーストラリア、スペイン)で活躍しているデイビース医師団鑑定人に日本国内の鑑定論争に参加することを求めました。デイビース医師団から提供を受けた文献や証拠を控訴人矢野が日本でまとめて意見書を作成して法廷に提出するだけでなく、デイビース医師団鑑定人が自らの見解として直接鑑定意見書を作成して意見を法廷に提出することを求めました。控訴人矢野はデイビース医師団に地裁段階から裁判終結まで、全ての鑑定論争に参加するように依頼しました。これに基づいて、日本側鑑定人と合わせた現在の控訴人側の鑑定人の構成があります。
主治医に課せられた、患者をきちんと診察する治療義務は世界共通です。国際標準の精神科医療とは、国際的に認定された診断基準や治療基準に基づき、今日の水準の精神薬理学を踏まえ、薬剤添付文書の記載に忠実で、患者観察義務と治療責任を負う医療です。それは、特別なことではなく、基本に忠実な精神科臨床医療です。
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