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劇団文化座「子供の時間」

―― 子供という存在は純真で嘘をつかない。 同性愛は神に対する許されざる罪――。

リリアン・ヘルマンが、キリスト教を基本とするアメリカ社会のタブーに「子供の時間」で挑戦したのは1934年11月。同性愛を演じる俳優は見つからない、といわれながらも、「子供の時間」はブロードウエイ初演後691公演。26歳の若手作家ヘルマンを、アメリカ演劇史上伝説の劇作家として認識させた作品である。

私がリリアン・ヘルマンの名前を知ったのは、1972年コロンビア大学ジャーナリズム大学院。エドワード・マロー記念講座フレッド・フレンドリー教授が、法学部の若手准教授をパートナーにして主宰する「ニュースと法律」ゼミであった。

CBSニュースの社長だった彼は、ジョセフ・マッカーシー上院議員の赤狩りが、政界・学会・メディア・演劇界から良識ある職業人や公民運動家などを左翼シンパと称して追放し、米国の民主主義を破壊するのを見て、マッカーシー自身の映像記録を元にして、マローと共に職業生命をかけて反マッカーシズムの番組を作ったのである。

日本の著名評論家までが委員会で証言した事件を記憶していた私は、ハリウッドで赤狩りが吹き荒れていた中で、委員会への証言をキッパリ拒絶した彼女のガッツに共感を覚えた。このゼミ後から「ペンティメント」「未完の女」など、彼女の著作を読みだしたのである。

劇団文化座「子供の時間」
カレン(髙橋美沙)と女生徒たち [写真提供:劇団文化座]

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アメリカ東部マサチューセッツ州ランセット市郊外の農家を快適に改造した校舎の寄宿制のライトードビー女学校は、学生時代から親友のカレン・ライト(髙橋美沙)とマーサ・ドービー(姫地実加)が理想の女児教育のために開設したもので、二人の懸命の働きでやっと順調に動き出している。

近々カレンと結婚する予定の医師ジョゼフ・カーディン(米山実)が子供たちの健康を管理し、マーサの伯母で元女優のリリー・モーター(新井純)が朗読術を教えている。一見順当で平和な学園風景だが、身勝手な生徒の一人メアリー(原田琴音)が自分の我儘な行動を守るため、二人はレズビアン関係にあるという嘘をメアリーの祖母で土地の有力者アメリア・ティルフォード夫人(佐々木愛)に伝える。彼女が自分の愛孫の言葉を信じ生徒の両親たちに電話したことにより噂が広まり、生徒たちは親元に引き取られ学園は崩壊してしまう。

誹謗中傷に対する二人の訴訟は、マーサの伯母が証人として出廷しなかったこともあり敗訴。万策尽きて向き合う二人。マーサはカレンに、17歳で初めて出会った時から愛していたことに、この事件により気が付いたと告白。カレンは「クレージーな話はよして、二人の関係は友情だった」と遮るが、マーサ自身が「同性愛は罪深い」と告白し、ピストル自殺。

ピストルの射撃音が消えて間もなく、ティルフォード夫人が駆け込んでくる。「孫娘がクラスメートを脅迫してまで嘘をつかせていた証拠を見つけた。裁判官に事情を説明した。二人の名誉回復のため全面的に公的謝罪、賠償する」と誠意を明らかにして謝罪する。が、カレンは「貴女の正義感は他所で振りかざしてください。私の友人がここで死んでいます」と静かに答える。

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オードリー・ヘップバーン(カレン)とシャーリー・マクレーン(マーサ)主演で映画化された作品(日本語版「噂の二人」)では、マーサの死にカレンが無意識に抑えていた同性への愛情を初めて自覚し観客の涙を誘う。ところが舞台では、髙橋美沙(カレン)のマーサに対する態度はあくまでクール。リリアン・ヘルマン自身は、「“女性同士の同性愛”でなく、“大人を振り回した子供の嘘”がテーマの作品だが、どのように受け止めるかは観客個人の解釈次第」と語っている。

姫地実加のマーサと原田琴音のメアリーは熱演。佐々木愛は社会の良識をコミュニティーの重鎮として守ろうとする老婦人を好演して、一座を締めている。(10月17日:東京芸術劇場シアターウエスト)


2021.10.26 掲載

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