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渡辺晴子
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東宝演劇公演「土佐堀川」

どちらかといえば個性的な脇役だった高畑淳子が、型破りの近代日本の女性実業家広岡浅子を堂々と演じている。

広岡浅子が尽力を尽くして設立した大同生命や日本女子大学は、その事業は現在もよく知られているが、その創設に心血を注いだ広岡浅子の生涯は歴史の陰に埋もれ、この劇作品の原作者古川智映子が「小説 土佐堀川」で取り上げるまで、世間に知られることはほとんどなかった。


ストーリー

江戸時代末期、京都の豪商三井家に生まれた浅子は古くからの家同士の取り決めで大阪の両替商・加島屋の長男、広岡信五郎(赤井英和)の妻となる。若御寮さんらしく見事な振袖を着せられても振袖を振り回し大股で歩く姿は、「振袖狂人」として大阪の商人仲間の間で噂となっていた。

東宝演劇公演「土佐堀川」
「振袖狂人」と大阪中に呼ばれた広岡浅子(高畑淳子)

幼少の婚約時代から浅子の性質を知る信五郎は噂など気にも留めず、趣味の三味線や茶の湯三昧。舅である加島屋当主も大人しいだけの嫁はいらぬとして認め、実家から腰元としてついてきた小藤(南野陽子)は慣れっこで驚かない。

幕末の政治経済の混乱の中、加島屋の商いに危機を感じた浅子は簿記やそろばんを独学で学び、江戸幕府崩壊による通貨危機から加島屋を救おうとする。筑豊炭鉱経営により命がけで財を成した浅子は、念願の加島銀行を設立し、女性職員をお茶くみでなく店頭の担当とする。「悪い評判は千里を走る。お客様には真心を尽くしましょう」と行員を指導する浅子は、取り付け騒ぎの最中にあえて臨時休業をせず預金を正常に払い戻し、銀行の信用を守った。

東宝演劇公演「土佐堀川」
[土佐堀川の写真]



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大同生命を創設したのも日清・日露戦争の多くの未亡人を救済するのが動機だったと言われる。「死んでも仕事は残る。そういう仕事をせなあかん」という大阪経済の大物五代友厚の言葉を胸に波乱万丈の「九転十起」の半生を送った浅子は、目標が叶うと養子に迎えた娘婿に後を託して引退してしまう。

女性実業家として有名になった浅子は大隈重信邸で成瀬仁蔵に出会い、彼の著作「女子教育」に感銘を受ける。「おなごに学問はいらん」と読書を禁じられていた浅子は女性を人間として教育する成瀬の方針に賛同し、自身も莫大な寄付金を寄せるほか人脈を使って大々的に基金を集める。

日本女子大学発足後は御殿場に建てた自分の別荘に女子学生たちを招き、若者たちとの交流を楽しむ。そのうちの一人が市川房枝で、外国には婦人にも参政権があり自分は婦人参政権を求める運動をする、といっているのが印象深い。

因みに市川房枝は富士山麓に富士山荘を設け、休養と歓談の場としていたが、これも浅子の影響だろうか?

土佐堀川のテーマは女性の地位向上と発展。高畑淳子の浅子は振り袖姿の豪商の若奥様,地下坑道にも入る褞袍の炭鉱婦、最後には貴婦人に相応しい洋装で浅子の生涯を見事に演じ分ける。

テーマ自身は堅いが、何しろ舞台の場所が浪速でしかも出演者はかなりの大阪弁使い。赤井英和ののんびりした大阪弁は趣味人の跡取り息子に相応しく、信五郎と浅子の間の娘、三倉茉奈の大阪弁は可愛い。南野陽子の小藤の、主人浅子を慕う健気さも泣かせる。堅い話の後には爆笑のドタバタ騒ぎ、涙の後には笑いがつづく正に商業演劇として観て損をしない芝居だ。(10月4日~28日 シアタークリエ)


2017.10.9 掲載

著者プロフィール
渡辺 晴子(わたなべ はるこ) : シカゴ・サン・タイムズ、アジア新聞財団(東京支局長)を経て、現在HKW代表 メディア・リポート特派員。30年来の(社)日本外国特派員協会会員で、選挙管理委員長、文化企画委員長、副会長、監事などを歴任し、現在は永世会員、特別企画委員長。同協会の講演、文化事業などを企画している。また1972年HKWビデオ・ワークショップ(HKW)創立。国際婦人年であった1975年、市川房枝さん、高田ユリさんなど10人の女性先駆者のビデオ・インタビュー“Women Pioneers”を三カ国語(日・英・中)で制作、世界初のビデオによる女性史として1980年「国連・ユネスコ主催 女性とメディア会議」で発表。1980年―1992年ユネスコ「女性とメディア」開発コンサルタントとして、アジア・アフリカの女性放送者にビデオ・テレビ制作等を指導。
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