「ローズのジレンマ」は2003年発表されたニール・サイモン最後の作品で、テネシー・ウイリアムズなどアメリカ文学界の同僚に対するオマージュやエピソードを織り込んでいる。ヒロインのローズ・シュタイナー(大地真央)とそのゴーストの恋人ウォルシュ・マクラーレン(別所哲也)は、映画「ジュリア」の原作となったメモアール「ペンティメント」や「子供の時間」の劇作家リリアン・ヘルマンと、そのパートナーでハード・ボイルド推理作家のダシール・ハメット(「マルタの鷹」が代表作)がモデルと言われている。
カップルの描き方以上に、他人には恋愛関係を思わすほど自由で緊密な母娘関係の描き方がまた職人芸だ。
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アーリーン(神田沙也加)とローズ(大地真央) |
お互いしか見えない亡くなったパートナーと夜ごと日ごとに会話する天衣無縫な著名作家、ローズを理解し健気に支える助手は、かつて「育児放棄」していた娘アーリーン・モス(神田沙也加)。
アーリーンはローズの離婚で元夫に預けられたままで、誕生日やクリスマスにはディナーやプレゼントを贈ってもらっていたものの日頃は疎遠。19歳の時、母親に不倫の恋の相談をしたくてパリ、ローマ、ロンドンを探しても見つからず、大学の卒業式で久しぶりに会えるかと思ったら、ピューリッツァー賞受賞の著名作家として来賓祝辞者。
同居して34歳になって初めて19歳の時の悩みを聞いてもらって娘として母を許す神田沙也加の自立した女性としてのクールさと、やっと昔の落ち度に気が付いた大作家、大地真央の迂闊さとの距離感が絶妙だ。
ローズのパートナーのハード・ボイルド小説家ウォルシュの未完成の著作を完成させるために呼びつけられた売れない作家ギャビン・クランシー(村井良大)とアーリーンの関係の発展を、人生の終末を迎えたローズと幽霊としての寿命もつきかけているウォルシュが自然体で見守る姿が穏やかだ。
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左からローズ(大地真央)、ギャビン(村井良大)、アーリーン(神田沙也加)、ウォルシュ(別所哲也) |
要するに「ローズのジレンマ」は幽霊になっても彼女を支えるウォルシュと、アーリーンに敬愛されているローズのジレンマならぬ「ローズのラック(幸運)」を描いた、大人のコメディーとして楽しめるお話だ。(2月9日 シアタークリエ)
2021.4.15 掲載
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