美空ひばりに宛てて書かれたまま凍結されていた「恋桜―いま花明かり―」は、坂本冬美が昨年大阪で座長公演として初演、今回も泉ピン子の友情出演を得て東京明治座で再演されている。
舞台は東京オリンピックを迎える昭和38年の上野の池之端。演出の石井ふく子は、売れっ子の松廼家梅竜(坂本冬美)と置屋の女将でありながら売れない芸者を続ける八重次(泉ピン子)との掛け合いで、生まれ育った下谷の花柳界の風情と慣習や、二人に関わる人々の人情を温かく過不足なく描いている。
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第一部「恋桜」の坂本冬美と泉ピン子[撮影:田中聖太郎] |
座長坂本を支えているのは贅沢な役者陣。座長代行格の泉ピン子は言うに及ばず、彼女が思いを寄せる谷川男爵家の次男で株屋の谷川俊次に三田村邦彦、梅竜を助けるため強盗に入り保釈された板前大野太吉に丹羽貞仁。三田村にお座敷遊びの場があるなら、丹羽に庭からお座敷を伺うシーンだけでなくもう少し見せ場があってもよいと思うが、最小限の登場で丹羽の存在感を表すのが演出石井ふく子の粋なのか。
第二部は着物とドレスの和洋令和スタイルで魅せる。坂本冬美の定番ソング「夜桜お七」や美空ひばりのカバー「真っ赤な太陽」など。白眉は浪曲歌謡二葉百合子の「岸壁の母」。大東亜戦争で敗れた日本の将兵たちはソ連によってシベリアに抑留され、長期強制労働で心身ともにボロボロになって舞鶴港に帰国してきた。「もしや、もしや…」この船に乗っているのか、次の船はどうかと、10年間毎日息子の帰りを待ち岸壁に立つ母を想う二葉百合子の血を吐くような浪曲でつなぐ歌に多くの日本人は涙した。
今、「岸壁の母」に二葉百合子の魂をのせて歌える坂本冬美は、平成を間に挟んで昭和と令和を結ぶ日本の国民的大歌手になったのかもしれない。(明治座 6月27日まで)
2019.6.22 掲載
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