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日生劇場「シラノ・ド・ベルジュラック」

『シラノ・ド・ベルジュラック』(Cyrano de Bergerac)は、エドモン・ロスタン作の韻文戯曲。17世紀フランスに実在した剣豪・詩人、シラノ・ド・ベルジュラックをモデルにしている。

吉田鋼太郎のシラノは名演で酔わせる。シェイクスピア役者らしい堂々としたせりふ回しとフェンシングの腕前は、まったくもって見事だ。これに無垢なロクサーヌの黒木瞳は華を添え、クリスチャン(ダブルキャスト)の大野拓朗は「残念なイケメン」役を好演する。

日生劇場「シラノ・ド・ベルジュラック」
[日生劇場「シラノ・ド・ベルジュラック」主要3キャスト]

 

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20数年前、ブロードウェイの「シラノ」の初演を見たが、数週間も経たないうちにクローズしてしまった。自己犠牲の美学はアメリカ人には受け入れられなかったのかもしれない。しかし、日本では「白野弁十郎」というタイトルで新国劇に翻案されたり、映画、テレビドラマになったりと、人々の心を十分につかむ永遠の名作である。

剣豪シラノは、百人切りの立ち回りの時に同時に韻律のある詩を創作して見せる。パリのブルゴーニュ座という芝居小屋で乱闘した後には、観客に逃げられた役者たちに財布ごと有り金を与える気風の良さ!

日生劇場「シラノ・ド・ベルジュラック」
シラノ(吉田鋼太郎)とロクサーヌ(黒木瞳)

彼は大きな鼻の醜さを恥じて従姉妹のロクサーヌに恋心を抱きつつ、打ち明けられない。ロクサーヌは文学少女。そして、ある青年に一目ぼれするが、美貌の青年なら素晴らしい詩を書くに違いないと思い込む。しかし、実際、その青年、クリスチャンは詩心なく、彼の恋をシラノが陰で助けることになる。

日生劇場「シラノ・ド・ベルジュラック」
クリスチャン(大野拓朗)とシラノ(吉田鋼太郎)

自分の属する軍の青年隊ガスコンにクリスチャンが配属された時は、ロクサーヌの頼みにより、クリスチャンが鼻づくしのダジャレでシラノを愚弄するもそれに甘んじ、それによってクリスチャンが仲間に受け入れられるのを助けた。

新劇、新国劇でも、映画でのミュージカルでも、一番有名な場面は、クリスチャンがロクサーヌのバルコニーの下に来て彼女に愛を語る台詞を、シラノがその場で隠れてひとことひとこと教えるところである。

ロクサーヌが陰の声の主に気がつくのは15年後、戦争未亡人になり、尼僧院に入った彼女をシラノが訪問した時である。文字が読めないほどの夕闇の中でクリスチャンからの手紙を読むシラノの声に初めて、手紙の本当の主と心意気に打たれる。筋書きが分かったうえで高級娯楽劇としてゲラゲラ笑っていた観客も、ここでハンカチを取り出す。(日生劇場:5月15日~5月30日/兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール:6月8日~6月10日)


2018.5.30 掲載

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