有吉佐和子が1972年に文学座の杉村春子のために書き下ろし、文学座で幾度も再演、歌舞伎では2007年に坂東玉三郎、新派では2011年に水谷八重子、と伝説の名優が演じた幕末港町遊郭岩亀楼(がんきろう)の三味線芸者お園を今年2017年は宝塚のトップスター出身の大地真央が明治座でのびのび演じている。
「ふるあめりかに袖はぬらさじ」は病弱な花魁(おいらん)亀遊(きゆう/中島亜梨沙)が恋人の通訳藤吉(浜中文一/関西ジャニーズJr)との別れを悲しみカミソリ自殺することからはじまる。亀遊を見初めたアメリカ人による高額な見受け話が進んでいたことから、瓦版が「異人の身受けを拒んだ攘夷女郎の美談」というフェイク・ニュースに仕立て上げた。押し寄せる物見高い男たちに亀遊の友人であり自殺の最初の発見者のお園が証人として話をしているうちに、客を喜ばせたい岩亀楼主人(佐藤B作)と呼吸を合わせた受け答えで虚像が次々と膨らんでゆく。
カミソリが伝家の短刀となり、字がかけない花魁が「女郎に身を落としているので親の名を出さない慎ましい、お家流書道をよくする水戸藩の武士の娘」となる。やがて亀遊は本邦婦女列伝1となり、芸は確かだが吉原、品川、横浜と遊郭を流れてきた酒飲みの三味線芸者お園は岩亀楼の名物攘夷芸者としてもてはやされることになる。
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三味線芸者お園(大地真央) |
扇の間には亀遊の名前が亀勇と改名されて大きく名札が掲げられ、床の間の掛け軸には辞世「露をだにいとう倭(やまと)の女郎花(おみえなし) ふるあめりかに袖はぬらさじ」。
嘘か誠か本人も自覚しないで話しているうちに5年がたち攘夷思想を貫く志士たちが岩亀楼にやってくる。「武士に例えば刀」と真剣な面持ちで三味線を片手に現れたお園は滔々と亀遊の最後の日の様子を語る。
女中たちに手伝わせて纏った白い打掛を亀遊の自刃の血しぶきのタイミングに合わせて裏返すと真っ赤な血の色が広がる。あっと驚く浪士たち。(この打掛捌きの芸が見事に決まり客席から拍手が起こる。)
有吉の原作では、話内容を精査し、不整合を指摘して抜刀した攘夷浪人たちに詰め寄られると、お園は腰が抜けて、「みんな嘘さ、うそっパッチさ。(中略)このお園さんと来た日にゃ、ふるあめりかに袖もなにもびしょぬれだよ。・・・・・」と倒れこむが、しかし、原田潤色ではこの後お園はグイグイ酒を飲んで元気を取り戻し、したたかに生き抜く決意を歌い上げる。さらにド派手なカーテン・コールへとつづく。
骨太でしかも細部にまで見事に仕上がっている有吉佐和子の脚本は台詞のやり取りだけでも芝居となっている。異人口女郎(外国人向けの花魁)のキャラクター、ファッションなど演出/潤色の原田諒は宝塚タッチを加えて舞台が華やかだ。佐藤B作、鷲尾真知子など個性的な脇役に比べると、浜中文一はいかにも初々しい。主役の大地真央の粋な芸者姿は今までお園を演じた名優たちに勝るとも劣らないが、三味線の腕前はあまり期待しない方がいい。(明治座2017年7月7日~8月6日)
2017.7.22 掲載
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