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ミュージカル「ミス・サイゴン」

個人的事情になるが、ベトナム戦争は60年代にシカゴ・サン・タイムズ編集部でリアルタイムの報道に関わり、70年代後半の戦後にも元兵士や市民と交流が続いていたため、この「ミス・サイゴン」は筆者にとっては実に重い“ドキュメンタリー・ミュージカル”である。

更に1904年初演のプッチーニのオペラ「マダム・バタフライ」(蝶々夫人)の時代でもないのに、白人の夫に捨てられた有色現地妻が二人の間に生まれた息子の将来のために自らの命を捨てる、という筋書きにもずっと抵抗があった。

ところが、である。キャメロン・マッキントッシュの新版は人種差別や女性蔑視に対する懸念を抑えて安心して観劇できるようPolitical Correctness(政治的公正さ)の配慮が行き届いている。ベトナム帰還兵クリスと結婚した白人女性エレンは、米国敗戦時のサイゴン崩壊の事情を理解し、現地妻キムに対して同じ女性としての共感を示す。

"もしも
騙されているのかも
いえ、違うわ
あの娘の目、嘘じゃない
貴方もあの娘が傍に居てほしいの?"


"そう・・・もしも
こうなる事が運命ならば
あの娘への愛が先ならば
あの娘が夢をくれたのならば
あなたの夢奪えはしない
望むのなら彼女の元へ
私忘れてくれていいの"

新版に付け加えられたエレンの歌“メイビー”を知念里奈はしっとりと聞かす。

また、クリスの友人ジョンが米兵と現地女性との間に生まれた孤児たち“ブイ・ドイ”(ゴミクズ)の救済活動を行うのも、混血児たちの映像を流してベトナム戦争の後遺症の現実を知らせるのも、“ドキュメンタリー・ミュージカル”として納得できる。

懸念が晴れると、この作品のミュージカルとしての強さが改めて印象づけられる。

第一は適材適所の俳優陣の活躍。市村正親のエンジニアはキャバレーを経営するフランス人とベトナム人との混血で、米兵や観光客からドル紙幣を巻上げる姿がすさまじい。ホーチミン政権下の国を離れアメリカに渡って成功したいと願って歌い踊る「アメリカン・ドリーム」は超絶の迫力。劇団四季を退団してフリーになった最初のミュージカルとして20年以上かけて演じてきたが、今回の公演で後進に道を譲るため卒業するという。

また、知念里奈のエレンは同じ男性を愛する者同士としての悲しさと優しさにあふれている。

ミュージカル「ミス・サイゴン」
ベトナムとフランスの混血エンジニアが切望する「アメリカン・ドリーム」

舞台に爆音とともに現れる実物大のヘリコプター、自由の女神像と巨大キャデラックの舞台効果。カーテン・コールに小走りで市村に駆け寄るクリスとキムの息子タムの愛くるしさ。クリスマスとお正月の観劇に相応しい伝説のミュージカルだ。

「ミス・サイゴン」はトリプル・キャストで2017年1月22日まで全国を巡業する。この機会に是非観劇されるよう推薦したい。


2016.12.10 掲載

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