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舞台「頭痛肩こり樋口一葉」

「たけくらべ」「にごりえ」「大つごもり」など明治という時代の男社会の中で珠玉の作品を残し、24歳6か月で結核のため夭折した女性作家樋口一葉の井上ひさしによる評伝劇。1983年初演作品の盆シーズンに相応しい日本中での再演は、東京から始まった。(演出 栗山民也)

「ぼんぼん盆の16日に 地獄の地獄の蓋があく 地獄の釜の蓋があく」
  子どもたちの歌う童歌で始まる舞台は、一つの例外を除いて全て一葉19歳の明治23年から31年の母多喜の新盆までの盂蘭盆7月16日の夕刻。舞台中央に鎮座するのは、樋口家の出自を示すのか大型の仏壇。

父がなくなり兄も去り戸主となった樋口夏子(永作博美)は、母の多喜(三田和代)と妹の邦子(深谷美歩)を養うため、樋口一葉として文筆で生計を立てるしかないと決意した。

その樋口家に毎年お盆になると、かつて多喜が乳母として仕えた元旗本のお姫様稲葉鑛(愛華みれ)と幼馴染の八重(熊谷真実)がやってくる。更にもうひとりは幽霊花螢(若村麻由美)。恨むべき相手が特定できないため成仏できない。その姿は若くして戒名を付け、あの世とこの世を行き来する一葉にしか見えない。

舞台「頭痛肩こり樋口一葉」
[舞台「頭痛肩こり樋口一葉」の写真]



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盂蘭盆を迎える毎に、樋口家の借家も住宅地の本郷区菊坂から遊郭「新吉原」近く場末となる。鑛や八重の境遇も次々と変わってゆく。一葉は350円の前借で吉原に働く女性が年収2円で一生苦界から抜け出せないと知り、吉原から逃げだす女性を引き取る「貧民学校」を作ろうとし、母多喜に「社会事業家になろうとするのか」と詰問されたりする。

火葬場に通う葬列に交じって遊郭に通う男たちを見て暮らすこどもたちは「たけくらべ」の題材となった。一方、一葉の入塾した歌塾「萩の舎」は宮中に出入りする華族や士族、平民の子女が教養を高める場所であった。一葉は若くして社会の底辺と頂点を観察することが出来たのである。

女性ばかり六人のキャストの中で、特徴的なのは幽霊の花螢。盆毎の花螢との会話で、一葉は彼女が最底辺の遊女で恨みの相手が特定できないまま現世に彷徨出ていることを知り、花螢の恨みの相手は見受けの金を入れた恋人太助の財布を拾ったまま持ち逃げした女であると特定する。

「その相手は芝の増上寺の前の茶店で繁盛している」と聞かされ、花螢は恨みをぶつけにいくが、茶店の主は歌塾の歌人に虐められたのが恨みで、その歌人はその歌塾の主宰者を恨み、さらにその主宰者の恨みは宮中の上方にあるという。

日本中が恨みつらみの因縁でがんじがらめになっている中、一葉はそのしがらみに穴をあけるため病苦をおして執筆を続ける。永作博美の女性としての覚悟を示す凛とした演技が光り、三田和代の老練な手練れ、世知辛い世間に見栄を保ちながら生きる愛華みれの抑えの利いた動き、庶民から遊女に身を落とす熊谷真実の奔放な演技。若村麻由美の幽霊は重力を感じさせないまま舞台をさすらう。よくぞこれだけの芸達者を集めたものだと今更ながら感銘する。

舞台「頭痛肩こり樋口一葉」
樋口夏子(中央・永作博美)を囲む女達。
前列左が稲葉鑛(愛華みれ)、右が花蛍(若村麻由美)
後列左より、樋口多喜(三田和代)・樋口邦子(深谷美歩)・中野八重(熊谷真実)

それぞれ個性的なキャストの中、素直さで観客を印象づけるのは、妹の邦子を演じる深谷美歩。幕切れで借家を引き払い、ご先祖様と母多喜と姉一葉の魂が収まる大きな仏壇を背負って歩き出す姿が心強い。そういえば東京にも女性知事が生まれる時代となったのだ。(東京クリエ8月5日~25日。 その後、兵庫、新潟、宮城、山形、滋賀、長崎、愛知など9月末まで巡演)


2016.8.18 掲載

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