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壽初春大歌舞伎 坂東玉三郎「茨木」他

ライトなし、舞台に続く暗いままの花道を静かに歩む玉三郎の老女真柴の姿が、背筋に戦慄を走らせる。やがて玉三郎に気づいた客席にジワジワと広がる幽玄の世界。思い出したように大向から静かにかかる「大和屋」の掛け声。

歌舞伎座正月興行昼の部4本立ての最後「新古演劇十種の内 茨木」は、歌舞伎界の立女形、坂東玉三郎の芸の凄さをこれでもか!と内外の観客に見せつけた。

平安時代、源頼光の家臣、武勇で知られた四天王の一人、渡辺源次綱(尾上松緑)は、羅生門で夜ごと出没した鬼の片腕を切り落とし退治した。陰陽博士安倍清明は鬼神の祟りを避けるため、7日間の物忌みを綱に勧め、家屋敷を厳重に固めたところ、鬼は綱の伯母真柴の姿に化けて訪問してくる。

綱の配下の太刀持音若(尾上左近)や家臣宇源太(中村歌昇)は綱との対面を断るが、老女は幼少時の綱を養育した様子を背中に背負ってきた傘を使いながら語って聞かせる。左手は撓る躰にぴったり添え、右手だけでなに不自由なく踊る姿は正に「大和屋!」

育ての親の伯母に恩に対して、綱は清明の占いに背いて館に招き入れる。酒好きの伯母に杯を勧め、太刀持ちに舞わせて接待しながら綱の手柄を褒めて舞ってほしいと所望する。年寄りで足元も覚束ないと言いながらも重ねて左手は隠して右手だけで見事に舞う。優雅に踊りながら、注連縄を張った唐櫃に時々投げる玉三郎の視線が異常に鋭い。

「冥土の土産に」鬼の片腕を見せてほしいとせがまれた綱が清明の禁を破って唐櫃の蓋を開けたとたん、真柴は片腕を取り上げると悪鬼となって飛び去って行く。綱が太刀をもって後を追う。暫しつなぎの場がある。戻ってきた真柴は本性を現した鬼神茨木童子のおどろおどろしい姿になっている。

幽玄な静の世界から鬼界の動の世界にトランスファーする玉三郎の変化がダイナミックで見事だ。綱との激しい戦いのなかで自分の左腕を抱えた茨木童子はいずことなく消えてゆく。

壽初春大歌舞伎
壽初春大歌舞伎プログラム

初春歌舞伎昼の部の他の演目、「廓三番叟」、「義経千本桜 鳥居前」、「梶原平三誉石切」など重鎮から中堅まで揃えた歌舞伎座は、日本の観客には「日本人でよかった」、外国人には「日本に来てよかった」と納得させる出来栄えだ。

ロビーでは新調の和服の女性たちが集い、売店では新しいポチ袋や演目に因んだ伏見稲荷の名物せんべいを土産に売っているなど、日本のお正月になくてはならない歌舞伎座の壽初春大歌舞伎興行だ。(1月2日~1月26日)


2016.1.25 掲載

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