握手するしめやかでか細い指。
魂までくいこむ強い眼力。
「渡辺さん」と呼びかける天性のリリック・ソプラノ。
2014年、多くの映画ファンは高倉健さんの死去を悼んだが、私個人にとっての最大の訃報は山口淑子さんの死去であった。
「李香蘭 私の半生」(藤原作弥氏との共著)出版を機会にインタビューを求めた山口淑子さんの姿は、学生時代ふと立ち寄った映画館で見た白蛇伝の映画化「白夫人の妖恋」で演じた白夫人そのものだった。
白蛇伝は中国人なら知らぬ人間はいない白娘子民間伝説の一つとしていまだに語り継がれている。映画では西湖のほとりに住む薬屋の番頭、許仙(池部良)が清明節のころ船に乗り込むと、突如降り出した雨を避けて美しい女性白娘子、(映画では白夫人・山口淑子)が侍女の小青(八千草薫)を伴って乗船。傘を貸した許仙が返してもらおうと屋形を訪れると、白夫人に一目見たときから貴方に恋したと告白される。
白夫人の美しさと小青の手渡した五百両という大金に惑わされた許仙は彼女と結ばれるが、この大金が盗品であったため流刑にされ、道士の「妖魔に魅入られている」との指摘で不安を隠せず法海禅師(徳川無声)の寺に救いを求める。一方、白夫人は許仙のため天界に薬草を求めたり、妖術で洪水を巻き起こしたりと法海禅師との「水闘」大スペクタクル。
最後は日本初のブルーバック合成のフライングで愛し合う二人は天上で結ばれるというお話で、映画自身は平凡な娯楽作品だった。
しかし「蛇は人間に恋してはいけないのでしょうか?」、法海禅師に詰め寄る山口淑子さんの殺気ある眼力の美しさに、学生だった私はただただ圧倒された。
「白蛇伝」が生み出された頃は中国では儒教主義的な権威が社会を支配し、普通の男性をたぶらかす蛇は抑圧すべき存在であった。ところが時代が進み「白蛇伝」が何度も上演されイデオロギーの分析が進むと、女性から男性への愛情が肯定され、夫を思い子どもを愛する白娘子は自立した自由な女性像の一つとなった。
昭和史の転換期に日本と中国の狭間で生きぬいた山口淑子さんは、心密かに愛情深い個人的な人間関係を求めていたのではなかろうか。
旧満州国スター李香蘭、ハリウッド女優シャーリー・山口、ニュースキャスター、参議院議員大鷹淑子。彼女の姿は今なお劇団四季の「ミュージカル李香蘭」に生きている。
2014.12.28 掲載
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