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ミュージカル「ミス・サイゴン」

今、まだ「マダム・バタフライ」(蝶々夫人)好みの欧米目線なのかと嘆息する。
  「ベトナム女性と結ばれたのは、戦争時の異常な状況での出来事だった」とアメリカ人の妻に話す、ベトナム帰還兵クリス。生みの母親を外地に置いたままで夫の息子だけを引き取ろうとする、理解ある妻エレン。元婚約者を殺し、自らの命を絶ってまでわが子の幸せを願うベトナム人の母親キム。

1904年ミラノ・スカラ座初演のプッチーニのオペラ「蝶々夫人」でナガサキに残してきた元芸者蝶々さんとわが子を訪ねる米国海軍士官ピンカートン夫妻の時代から110年も経っているのに、西洋人のステレオタイプ的な東洋人蔑視は根本的には変わっていないようだ。

もっとも、初演から四半世紀を経て改訂新演出されたバージョンでは、フェミニズムに対する配慮も示されている。新しく付け加えられたシーンで、妻エレンは対等な女性同士としてキムと向かい合おうとしている。彼女はサイゴン陥落の際にキムを残してきた過去を夜な夜な悪夢として苦しんできた夫クリスを想って歌う。

あの娘への愛が先ならば
あの娘が夢をくれたならば
あなたの夢奪えはしない
望むなら彼女の元へ
私を忘れてくれてもいいの
(May be / メイビー)

息子タムに対するキムの母親としての究極の愛をセールス・ポイントにしても、この歌がなければ現代の日本やアジア地域の女性観客を納得させられないだろう。
  また、「ブイドイ地獄で生まれたゴミクズ」として米国兵士や韓国兵士との間に生まれて父親に捨てられたままになっている孤児たちに対する米国援助団体の活動にも触れている。

ミュージカル「ミス・サイゴン」

さて、筆者のこのミュージカルの社会的メッセージに対するこだわりは別にして、 「ミス・サイゴン」は今年観るべき作品のトップ・クラスであることは確かだ。 舞台は冒頭から耳を覆うヘリコプターの爆音で始まり、圧倒されるのはサイゴン陥落時の米国大使館前の場面。最後の撤退用ヘリコプターに友人に引っ張り上げられ搭乗したクリスは、機体から身を乗り出してキムを求める。米兵に押し戻されながらクリスに辿り着こうとするキムとベトナムの民衆たち。これだけ迫力ある大道具と群集シーンは、ミュージカルでは他に類を見ない。

ミュージカル「ミス・サイゴン」

また、サイゴンや避難先のナイトクラブで米国査証とドル紙幣をなりふり構わず求めるフランス人とベトナム人のダブル(ハーフというのは差別用語なので使わない)のエンジニアは、ド派手な衣装の内に二大国に蹂躙されたベトナム人の哀愁を漂わせている。初演から22年この役を演じてきた市村正親氏は闘病で休演中だが、早い回復をお祈りしたい。

長期公演にあたって重複キャストが組まれているが、今回の公演は駒田一(エンジニア)、昆夏美(キム)、原田優一(クリス)、木村花代(エレン)いずれも好演。

ミュージカル「ミス・サイゴン」

重いテーマのミュージカルだが、カーテン・コールで舞台に駆け込んできた新津ちせ(タム)の可愛い笑顔に癒されて観客は満足して劇場を後にできたようだった。(帝国劇場8月26日まで、その後は新潟、名古屋、大阪、福岡へ巡業)

2014.8.8 掲載

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