「鶴の恩返し」は確かに日本の民話だが、オペラ「夕鶴」(木下順二原作・團伊玖磨作曲)では国籍と時代を超越した普遍的な作品となっている。
ソプラノ・佐藤しのぶの「夕鶴」を支えるのは演出・市川右近、美術・千住博、衣装・森英恵、照明・成瀬一裕の豪華チーム。しかし、欧米のオペラが豪華ケンランを誇る足し算の美なのに対して、市川の演出は無駄と思えるものを削ぎ落とした引き算の美で、見る者のイマジネーションに訴える。
千住の美術は大胆で、舞台中央の白い回り舞台は雪原となり、与ひょうの家ともなる。
森の衣装はすべて洋風で、つうは丹頂鶴をイメージした無国籍ファッションだ。与ひょう、運ず、惣ど、村の子どもたちも洋服だ。
この簡素な舞台に現代的な色彩を与えているのは成瀬一裕の照明で、ホリゾントに美しい空や冬の景色、光の洪水が広がる。正に日本オペラの国際社会への輸出作品に恥じない舞台だ。
東京での管弦楽は、東京フィルハーモニー「夕鶴」特別オーケストラ。児童合唱は杉並児童合唱団。
幕が開くと村の子どもたちが現れる。「おばさん、うた歌うてけれ、おばさん遊んでけれ」。素朴な村の子どもたちに慕われるつうは与ひょうと穏やかな日々を過ごしている。だが運ずと惣どにそそのかされたと知りながらも、子どものように無垢な与ひょうの「都をこの目で見てみたいから、もっと布を織ってくれ」という願いを断ることが出来ない。
幕切れも子どもたちが「鶴だ、鶴だ、鶴が飛んでいる」と指差す空に千羽織のために抜けるだけの羽をぬいた鶴がよたよたと飛んでゆく。与ひょうは最後の布をしっかりつかんだまま「つう、つう」とふらふら鶴の飛び去った方へ歩いてゆく。
二人に惑わされた与ひょうを悲しんでうたう、佐藤しのぶのアリア「私の大事な与ひょう」では客席でハンカチを取り出す人が目立った。因みに、与ひょうのように無垢な男ほど怖いものはない。どれだけの出来る女性たちが彼らにつくすために千羽織を織って身を滅ぼしたか。
それはさておき、地元の管弦楽と児童合唱団を活用しながら極小の舞台装置で公演できる「夕鶴」は、初めてのオペラ鑑賞を強力に推める作品となっている。佐藤しのぶと日本最高の制作陣は、国内各地でオペラファンを増やしてもらいたいものだ。
「夕鶴」は1月18日の東京公演を皮切りに、4月12日まで全国9か所で上演される。(1月18日 於:
東京文化会館)
2014.2.15 掲載
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