精神疾患をロック・ミュージカルにするなんて流石はアメリカだ、とまずその感性の鋭さに衝撃を受けた。「ネクスト・トゥ・ノーマル」(音楽:トム・キット、脚本・歌詞:ブライアン・ヨーキー、演出:マイケル・グライフ)はいかにもニューヨークのインテリ好みで2009年トニー賞、2010年ピューリッツァー賞を得たのもうなずける。
ストーリー
郊外の住宅地に一見「普通」に暮らす父母と息子、娘の四人家族。ところが母親ダイアナ(シルビア・グラブと安蘭けいのダブル・キャスト)は18年間も双極性障害を患っており、躁と鬱状態を日常に繰り返している。父親ダン(岸祐二)は看病に疲れ切っており、勉強だけに打ち込んでいた娘のナタリー(村川絵梨)にはやっとボーイ・フレンド(ヘンリー/松下洸平)が出来た。息子を熱愛し、娘を無視する母親に反抗して男嫌いになっていたのだ。息子のゲイブ(辛源と小西遼生のダブル・キャスト)は謎の存在で母親のダイアナにしか見えない。彼は三階建てに組まれた舞台装置の最上段でいつも家族を眺めている。
床に食パンを並べてチーズ・サンドイッチを作りだすダイアナ。ダンは新しい精神科医の精神薬理学者のドクター・マッデン(新納慎也)のもとに妻を連れてゆく。ドクターは五週間以上たっても彼の処方が利かないので、遂に記憶の一部喪失を想定しての荒療治、電気痙攣療法に踏み切る。
電気療法の後、少しずつ記憶を取り戻したダイアナはゲイブを生後すぐに亡くなっており、その深い悲しみの躁鬱症の中で彼を育て、恋人のように愛していたことに気がつく。
「ノーマル」とは
「ノーマル」を普通と訳してあるが「正常」と訳した方が的確かもしれない。つまり人間の「正常」と「異常」(精神疾患)は紙一重という訳だ。ニューヨークのメディアで働いていた当時、同僚が躁鬱症で精神分析医に通院し勤務、時間中に面接の内容を逐一報告して来たのを思い出した。仲間は寛容で、彼女の精神状態をそのまま受け入れていた。
強烈な音響と照明
患者相手の深刻な精神分析の場面が突如としてロックになり、ドラムが響き渡る。三階建ての電飾が激しく点滅してダイアナとドクターがタンゴを踊りだす。一方、ナタリーはモーツアルトを古典は即興演奏が出来ないと言いながらも、ヘンリーとピアノで「キラキラ星」バリエーションを演奏する。真面目な対話から爆笑の場面へ。転換が奇抜で正にロックだ。
ハッピーで楽しいばかりがミュージカルではない。精神病者を抱えた家族がそれぞれ葛藤しながら「ネクスト・トゥ・ノーマル」で生きる深刻で破天荒なこの作品は、ミュージカルの新しい展開を示しているようだ。
役者はいずれも適役だが、なかでもシルビア・グラブの息子を追慕する狂気の雰囲気と辛源の鍛え上げた身体が存在感を示している。(東京:シアタークリエ9月29日まで。兵庫:兵庫県立芸術文化センター10月4日〜6日)
2013.9.27 掲載
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