WEB連載

出版物の案内

会社案内

「ラ・マンチャの男」
松本幸四郎さん70歳の誕生日に1200回公演達成

歌舞伎役者の松本幸四郎さんはこの日、歌舞伎役者だけでなくミュージカル俳優でもある幸運をかみしめたのではなかろうか?

ミュージカルだからこそ古希の誕生日8月19日を親娘共演の舞台で祝えた。これが歌舞伎ならそうはゆかない。いくら娘が役者として格別の才能があっても「勧進帳」で「自分が弁慶をやるから次女の松たか子に義経を任せる」ということは許されない。

1969年市川染五郎として帝国劇場で「ラ・マンチャの男」を初主演した幸四郎さんは、日本での80回公演の実績をもとにブロードウエイに挑戦。翌年マーチンベック劇場でも60回の公演を成功させ、その後40年間に渡ってラ・マンチャの男である作者セルバンテス、郷士キハーナ、遍歴の騎士ドンキホーテを演じ続けてきた。10年前の2002年、博多座でアルドンザとして一座に加わったたか子さんも、この10年で役者として益々脂がのってきた。「ラ・マンチャの男」はこの俳優一家のお家芸のミュージカル。今回は通常は演出補を務める長女の松本紀保さんもアントニア役で花を添えている。

「ラ・マンチャの男」

幸四郎さんが扮する劇作者セルバンテス、郷士キハーナ、そのキハーナが扮する騎士ドン・キホーテ三役の演技は、既に古典として完成されている。筆者が感じ入ったのは硬い新人から円熟の域まで演技の幅を広げたたか子さんの役者ぶり。博多座に続いた帝国劇場の公演で最初に彼女のアルドンザを観劇した時は、「どうみてもアバズレに見えない。素直なお嬢さんだが演技者として幼い」というのが率直な感想だった。

「ラ・マンチャの男」

ところが10年もたつと、(あたり前だが)もはやお嬢さんではなかった。ラバ引き人足の荒くれ男たちにレイプされる壮絶なダンス・シーン、ボロボロになって「姫君」と持ち上げたドン・キホーテを責める悲痛な姿。さらにキハーナの臨終の床にアルドンザとして現れた彼女は、彼が最後の力を振り絞って「我こそドンキホーテ」と叫んで息絶えるのを見て「私の名はドルシネア」と静かに告げる。その言葉に鳥肌が立つ。

「ラ・マンチャの男」

一人だけでよい、温かい友人がいれば人はImpossible Dreamを追い求めることができる。一人だけでよい、求め慕う男性がいれば女性はDulcineaになることができる。“Man of La Mancha”は幸四郎さんだけでなく、たか子さんにお家芸として継承された古典として今後とも節目節目に観客を勇気づけてゆくのではなかろうか。(帝国劇場にて8月25日まで)


2012.8.23 掲載

著者プロフィールバックナンバー
上に戻る