ウイーン・ミュージカルの超大作「エリザベート」(脚本・歌詞 ミヒャエル・クンツエ音楽 シルヴェスター・リーヴァイ)が、平成22年度文化庁芸術祭参加作品として東京に戻ってきた。主役と一部の脇役にはダブル・キャスト、トリプル・キャストを組んでの8月9日から10月30日までの3か月連続帝劇公演である。
筆者が観劇したのは瀬奈じゅん(エリザベート)石丸幹二(黄泉の帝王トート)寿ひずる(オーストリア皇太后ゾフィー)のバージョンだ。
宝塚を卒業して女優として初めてエリザベートに取り組んだ瀬奈は、バイエルンの田舎で闊達に過ごした少女(愛称シシィ—)が王妃となり皇后として悲劇の死を迎えるまでの姿を素直に演じる。黄泉の帝王に恋されながらも一目ぼれされたオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフに嫁ぎ、皇后となり、皇太子ルドルフの母となりながらも人間として自由を求める姿は若い女性観客の共感を呼ぶ。自由に人生を楽しむ父親マックス侯爵を慕って歌う最初のナンバー「パパみたいに」の透明な歌声が印象的だ。
劇団四季のプリンスだった石丸幹二の変身ぶりは流石に役者だ。「異国の丘」の端正な貴公子や、クリエ・ミュージカル「ニュー・ブレイン」の軽妙な役柄のイメージが強かったが、黄泉の帝王トートは凄味がある。「最後のダンスは俺のもの、おまえは俺と踊る運命」と歌いエリザベートに迫りゆく。死の影に怯えながらもエリザベートは夫フランツ・ヨーゼフにない魅力に惹かれたのではなかろうか?
寿ひずるは舞台俳優としてキャリアの貫録と老練さを示す。ゾフィーは気弱な息子に代わってハプスブルグ家の唯一の「男性」として帝国と宮廷を支配し、孫のルドルフを厳格に躾させる傲慢さの中にも迫りくる帝国の崩壊に気が付かない一抹の哀れさを滲ます。
白眉はルイジ・ルキーニ役の高嶋政宏。最初は栄光あるハプスブルク帝国の狂言回しとして観客の拍手と興奮を盛り上げ、最後には暗殺者としてエリザベートの命を奪い観客を歴史の現実にストンと落とす。「ベガーズ・オペラ」といい「マリー・アントワネット」といい、今や東宝ミュージカルは彼の存在なしには語れない。しかもこの公演では3カ月単独キャストで出ずっぱりだ。
「エリザベート」という作品はウイーン・ミュージカル界の「忠臣蔵」かもしれない。
どんな豪華キャストを揃えても役者負けしないし、ファンにとってはダブル・キャスト、トリプル・キャストの異なる組み合わせが楽しみだ。今回、偶然隣の席に座った関西から来た女性は、朝海ひかる−山口祐一郎版は既に観劇済みで、次は瀬奈じゅんー城田優版のために長距離バスを利用して上京するそうだ。筆者も次は朝海ひかる−石丸幹二版の観劇を決めている。(10月30日まで 帝国劇場)
2010.9.28 掲載
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