このところ「屋根の上のヴァイオリン弾き」など名作の再演が多かった帝国劇場に、久しぶりに骨太の超大作が登場してきた。
「パイレート・クイーン」(脚本・歌詞/アラン・ブーブリル、脚本・音楽/クロード=ミッシェル・シェーンベルグ 演出/山田和也)は16世紀後半アイルランドに実在し自由と独立を求めて戦った海の女王・女海賊グレース・オマリーと、属州アイルランドを治め大英帝国の基盤を築こうとする陸の女王・英国エリザベス一世の対決の実話を軸にした壮大なミュージカルだ。
男性が認める実力女性の統治
「女性ミュージカル」とコピーに謳う従来の作品と違って、「パイレート・クイーン」の特徴は男性である部族長や宮廷貴族がパレート・クイーン号の船長グレース(保坂知寿)、英国女王エリザベス一世(涼風真世)の実力と統治力に承服していること。
グレースの父、オマリー一族の族長ドウブダラ(今井清隆)は「お前なら戦士になれる、母になれる、族長になれる」と、一人娘のグレースの婿ではなく彼女自身を後継者に指名する。部族団結のため政略結婚する婿、ドーナル(宮川浩)の父親でオフラハテイ族の族長も、結婚式前に「今夜は目出度い騒げ騒げ、結婚しても男は男だ!」と酔っぱらって女たちを追いかける息子に一言。「アッチがお前を一人前の男にしてくれたらそれでよい」とグレースの生き方を認めている。
英国女王エリザベス一世は臣下の諸侯たちに忠誠を求め、権力の頂点に君臨するが孤独。ビンガム卿(石川禅)がアイルランド提督として兵士たちの略奪、強姦を見逃していたと知ると、長年の側近にも関わらず厳しく断罪せねばならない。一方、囚人の身であるグレース・オマリーを支えてきたのは恋人ティアナン(山口祐一郎)と幼い息子からの愛。
「パイレーツ・クイーン」号船上でグレースと恋人ティアナンが歌う「今 ここから」、老女と全員がアイルランドの夜明けを目指してゲール語を交えて歌う「星を目指して(パート2)」など、愛蘭民謡に馴染みの深い日本人にはなにか懐かしいメロディーだ。
海賊と兵士たちが戦闘する舞台全面に広がる大型の帆船、紗のカーテンの奥で女王二人が静かに語らう暖炉の間など、舞台美術は骨組みから細部まで神経が行き届いている。 (装置デザイン 松井ルミ)
特筆すべきは舞台の変換ごとに展開を盛り上げるアイリッシュ・ダンス。背中をまっすぐにして手も動かさず、足だけ揚げて空中高く跳躍する。実に見事だ。(振付キャロル・リーヴィ・ジョイス)。カーテン・コールの登場者全員によるステップは観客総立ちの拍手を受けた。
保坂知寿の女海賊グレースは、彼女のミュージカル歴の中で最も光る適役ではなかろうか? 劇団四季「ミュージカル李香蘭」の川島芳子役も東宝デヴューしてから第34回菊田一夫演劇賞を受けた「デュエット」「スーザンをさがして」の主役も、いまひとつ彼女の魅力を100%出し切れていなかった。
ところが、この作品では父親に黙って女は乗せない海賊船に男装してもぐりこみ、大嵐ともなれば危険を冒してマストに駆け上ってメイン・セイルを切り落として難破を防ぐ、侵入してきた英国兵と戦って父親の命を救う。女装に戻っては英国占領軍を色仕掛けで落とし、船上では戦いの最中に長男を産み落とす。白いガウンの囚人服で赤いガウンの女王と対決する姿は神々しくさえある。女優冥利につきるカッコイイ役だ。
アイルランドの女海賊といえば愛蘭系ハリウッド女優モーリーン・オハラの当たり役で「すべての旗に背いて」(ユニバーサル映画1952)のスピットファイアー・スティーヴンズの活躍があるが、これは1700年代の話。これ以前にグレースが実在していたとは素晴らしい。
因みに、男性たちはカーボーイの影響を受けてか西部劇の映画館から肩をそびやかせて出てきたものだが、帝国劇場を後にする女性観客たちの背筋はすっきり伸びていたようだ。グレースの精神が乗り移ったのだろうか。(帝国劇場 12月25日まで)
2009.12.10 掲載
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