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ME and MY GIRL

ミュジカル・コメディー「ミー&マイガール」観劇はトータル・エクスペリエンス。椅子から立ち上がる機会が多いので踊りやすい服装と履きなれた靴で出かけた方がよい。この公演中、帝国劇場は正にロンドンの陽気な下町の縁日空間となっている。

開幕前の帝国劇場ホールでのオーケストラの演奏から始まり、きっかけがあれば指揮者を先頭に出演者と観客が一緒になって「ランべス・ウォーク」で跳ね踊る。振付は単純で両手をぐるぐる回し、膝、肘をたたいてエイ!と極めるだけ。

フィナーレともなれば、通路に躍り出た出演者と立ち上がった観客が究極の「ランべス・ウオーク」で盛り上がる。舞台もオケピットも客席も笑顔で一杯。
  ミュージカル・コメディーの魅力は観客をハッピーにして帰宅させることだとすると、ME and MY GIRLは顧客満足度100%といえる。

お話は単純明快。世界的不況で第一次世界大戦が迫る1930年代の後半、由緒あるヘアフォード伯爵が死亡する。遺言によれば昔、内縁の妻との間に息子が一人いて、その息子が貴族に相応しい人間性を備えていれば跡目を継がせ、駄目ならば高額の年金を与えて隠居させる。さらに配偶者もその地位に相応しい女性でなければならないとし、その決定権を遺言の執行者である妹の公爵夫人マリアと友人のジョン男爵に託している。

財産を狙っていた伯爵の姪ジャッキーと無為徒食の甥のジェラルドはショックを受けるが、変わり目の早いジャッキーはジェラルドを捨てて跡継ぎに乗り換えようとする。

ところが現れ出た跡取りビル(井上芳雄)は、下町育ちの天衣無縫の若者。露天商やらマジシャンやら要は定職なしのフリーター。地位も大邸宅にも無頓着で恋人のサリー(笹本玲奈)に相談するという。伯爵家の血を絶やすまいと公爵夫人(涼風真世)は教育係を引き受けるが、野卑でジョーク好きなビルの中に、実は公正かつ高潔な貴族精神が息づいているのを認めて、「流石は私の甥である」と満足する。ジョン男爵(草刈正雄)は茶化すようで真面目なようで、マリアの仕事にちょっかいを出している。

サリーはビルの幸せを願って一度は愛想つかしをいって別れるが、ジョン男爵もサリーの潔い態度に動かされ、彼女を「ヘンリー・ヒギンズ教授」なる友人に預け、その気になれば社交界に君臨できるだけの淑女に育て上げる。

ビルとサリー、マリアと彼女の長年の崇拝者であったジョン、更にジャッキーとジェラルドも結ばれ、三組ともにハッピー・エンドとなる。

このミュージカルの二番目の見せ場は(一番はモチロン会場全体のランベス・ウオーク)ビルとサリーの「ミー&マイ ガール」の歌と踊り。大邸宅の食卓上での豪勢なタップ・ダンス。

    ミー&マイガール
    こんなにも なにもかも 愛している
    ミー&マイガール
    運命に 神様にありがとう
    小さな教会で 誓おうよ この愛を
    二人で もっと 果てない旅へ
    ミー&マイガール

後継者の貴族社会へのお披露目の晩餐会に現れたサリーとランベスの露天商の仲間たちのウオークが貴族や侍従たち、会場へも広がっていくのも楽しい。

下町英語と上流英語のすれ違い「貴族は義務を果たせ」と「貴族はガムを吐き出せ」など井上芳雄と草刈正男の掛け合いに観客は笑い転げ、一度去ったサリーを待ちながら貴族らしくなってタキシードで正装したジムが、しっとりと歌い踊る「街灯の下で」に客席全体がジーンと静まる。

    彼女こそワンダフルでマーべラスでビューティフルで
    そうさ わかるはず
    何を捨ててもいい 無駄でもいい
    おれは待ち続ける ずっと

フィナーレ、青い照明の下に白いドレスにブルーのスカーフをまとったサリーが優雅に佇んでいる。マリアの特訓で言葉使いも紳士になったはずのビル「この野郎、どこをほっつき歩いていたんだ!」二人の抱擁で幕。

観客からのスタンディング・オベーションにランベス・ウオークがこれでもか、と続く。

井上、笹本共に自然体で実に伸び伸びと歌い踊っている。涼風の公爵夫人も貴族の格式を保ちながらもお茶目な一面も見せるところが、この甥の叔母上らしくて納得が行く。草刈の飄々とした存在もこのミュージカルに風格を与えている。四人とも正に適役であろう。

更に忘れてはならないのは観客を盛り上げて「ランベス・ウオーク」を歌い踊る指揮者塩田明弘、観客一同からの特別貢献賞を贈呈したいくらいだ。

1930年以来の世界的不況を強烈に笑い飛ばす作品だ。千秋楽まであと数日、お見逃しのないように。(帝国劇場上演中 6月28日(日)まで)

2009.6.24 掲載

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