劇団四季を昨年「卒業」した保坂知寿が一年ぶりにミュージカルに戻ってきた。カムバック作品は"Duet"。"アパートの鍵貸します""スイート・チャリティー"でお馴染みの、ちょっと屈折したジュイッシュ・ユーモアで演劇ファンをくすぐるニール・サイモンの脚本。ただしクリエ上演版は劇場のサイズと日本の観客に合わせてかなり工夫されているようだ。(演出・上演台本 鈴木勝秀)
保坂は劇団四季ではなかったエンターテイナーとしての一面を見せる。ソニア・ウォルスク(保坂知寿)は元恋人で今も同棲相手のレオン(舞台には姿を見せず)をオブセッションとして抱えこみ、精神分析医に通いながら作詞家として売り出そうとしている才能はあるが少し風変わりなアーティストだ。
相手役のヴァーノン・ガーシュ(石井一孝)は超売れっ子の人気作曲家。セントラル・パークウエストにある高級アパートに住みながら高所恐怖症で公園の景色も眺められず、割引で買ったヤマハのグランドピアノを相手に日夜仕事に熱中している。完璧主義者のせいで親しい友達もできず、言葉を毎日交わすのはパナソニック製のテープ・レコーダー。
ソニアもヴァーノンもこのアパートにクリニックを持つ有名精神分析医にかかっている。因みに精神分析医にかかることもジューイッシュ系ニューヨーク人のステイタス・シンボルで、担当の精神科医を持たない職業人はよほど才能がないかお金がないと思われた時代だ。
Duetはそれぞれの心情を代弁するガールズとボーイズが3人ずつ付いているが、基本的にはソニアとヴァーノンの二人芝居。舞台装置は巨大で真っ白なグランドピアノ一台のみ(美術 松井るみ)。
ヴァーノンのアパートや休暇旅行に向かうセダンに手際よく変身する大道具ピアノに加えて注目したいのが、ソニアのファッションと舞台場面展開の見事な組み合わせ。これだけの衣装が語れば大道具は節約できる。(衣装 原 まさみ)
まずソニアが高級アパートにヴァーノン・ガーシュを訪ねた時は、救世軍の「袋つめ放題$1」で買ったかと思われる中古ボロ衣装。友人が「桜の園」で使った舞台衣装をもらったもの、というが、アパートの玄関で管理人がよく追い返さなかったものだと思う。正にショッピング・バッグ・レディー風ファッションだ。一方アカデミー作曲賞に輝く売れっ子のヴァーノンは、スマートなシャツ・ルックで彼女の遅刻を責めたてる。
共同作業で二人は意気投合したものの、仕事ばかりでは作品も駄目になると初めてデートしたフレンチ・レストランへはソニアはシャガール好みのオレンジ、フウシャとスモーキー・ブルーが大胆な柄のミニ・ドレス。ヴァーノンのカジュアル・スマートなお洒落と初めてファッションもマッチしたが、同棲相手元恋人レオンの哀願のせいとかで彼女は大遅刻。二人は食事もせずに喧嘩別れとなった。
やがて作詞が売れ始めソニアは自立する。ヴァーノンはカルフォルニアへ。ところがヴァーノンはビバリー・ヒルズで自動車事故にあい、ソニアは玩具のグランドピアノを手土産にして病院に見舞う。自立と富の象徴なのか、今度は彼女はウォール街のキャリア・ウーマンよろしく颯爽たる黒のパンツ・スーツ・ルック。偶然同じ病院に入院していたレオンもヴァーノンと友人になり、そろそろソニアから自立したようだ。
フィナーレは雪降るマンハッタンのソニアの高級アパート。名ピアニスト、エディー・デューティンを演じたタイロン・パワーを真似たのか、超保守的なキャメル・のロング・コートでステッキをついて現れたヴァーノン。「エルトン・ジョン」の二代目といわれる男と仕事するためロンドンに向かうというソニアを必死で止める。ソニアはスコットランド風のキルト・スカートで新しい世界に向かって猛然と行進するところであった。
同業同士の結婚は難しい。ヴァーノンは二代目レオンになってソニアにぶら下がるのではないだろうか?
"They 're Playing Our Song," "When You'are in My Arms"(作曲マービン・ハムリッシュ 作詞キャロル・ベイヤー・セイガー)など主役二人と六人の分身たちが繰りかえし歌う曲は心地よく、劇場界隈のレストランで流れたら素敵だと思う。
音楽とダンスに加えて台詞にニール・サイモンのジューイッシュ系ジョーク(皮肉)がたっぷりふりかけてあるのがただのミュージカルとニール・サイモンのミュージカルの違いだ。客席は演劇通が多いのか、苦笑やクスクス笑いで一杯だった。
有楽町に新しく出来上がったシアタークリエは演目から始まってプログラムの装丁、日比谷シャンテとの提携など工夫を重ね、小粒ながら劇場界で存在を示そうとしている。シアタークリエと"Duet"で大変身した保坂知寿、それを受けて立った石井一孝のこれからの活躍が楽しみになってきた。
(シアタークリエ 公演中7月27日まで)
2008.7.16 掲載
|