アルフレッド・ヒチコック監督のスリラー映画化で世界的に有名になったダフネ・デュ・モーリアの小説「レベッカ」は、今回ウイーン発ミステリー・ミュージカル(作曲シルベスター・リーバイ 作詞ミヒャエル・クンツ)としてシアタークリエに登場してきた。
英国コーンウオール半島の海辺の霧が作品全体を包む中で、ヒロインの世間知らずの貧しい米国人の女の子「わたし」が夫への愛情と信頼を深めるうちに上流社会の中で毅然とした女性に成長してゆく。
いまだ流行語である「女性の品格」を英国貴族側と米国庶民側から考えさせる作品でもある。日本側からはどうだろうか?
「わたし」(大塚ちひろ)はニューヨークのパーク・アベニューに住むお金持ちのヴァン・ホッパー夫人(寿ひずる)に付き添いとして雇われ、地中海の避暑地モンテカルロの豪華なホテルに滞在する。同じホテルで出会ったのは先妻を亡くしたばかりの英国貴族マキシム・ド・ウインター(山口祐一郎)。彼に求婚され英国に赴く。
ところが、マキシムがコーンウオールに所有する先祖代々の館マンダレイは海難事故で亡くなった先妻レベッカの幻影がいまだに支配している。幼いレベッカを育て上げ婚家にまで女家令として同行してきたダンバー夫人(シルビア・グラブ)は、死後も彼女を崇拝し居室は在りし日そのままに維持、形見のデスクには後妻の「わたし」に一切手を触れさせない心酔ぶりだ。
美しいだけじゃない カトレアは強い花
枯れても色褪せても よみがえる日がある
そう死んだように見えるだけで
あの方は ここにいる
今もそばにいる みつめてる
奪えない 決して その命は
誰も どんな運命も….
「何者にも負けない」
レベッカを求めて血を吐くように歌い上げるシルビア・グラブの異常な迫力に劇場は完全に支配されてしまう。
一方「わたし」はマンダレイ館の女主人でありながら、女家令に神経的に追い詰められおどおどして暮らす。夫となったマキシムも故郷である館に戻ってからは不可解な行動が続く。
山口祐一郎の深い悲しみと苦悩に満ちた「神よ なぜ」と「わたし」の「永遠の瞬間」のソロ、二人のデュエットのS.リーヴァイ・メロディーは素直で美しい。
全体に重苦しい謎解きの舞台が続くが、マンダレイ館のパーティーに現れた寿ひずるのヴァン・ホッパー夫人はヤンキー気質丸出しの金持ち女性の明るさを好演し、舞台を一転明るくさせる。
また、吉野圭吾のレベッカの従兄弟ファヴェルと冶田敦のボート小屋をうろつくベンが、原作の英国社会の陰の雰囲気をよく伝えている。
ミステリーは重厚且つ個性的な脇役を得ないと成功しないが、このミステリー・ミュージカルの真の主役は姿をみせぬレベッカ、その共演者はダンヴァース夫人かもしれない。
ミステリーなので謎を明かすわけにはゆかないので「レベッカ」の結末を知りたい方には今すぐシアタークリエへどうぞ。
それにしても貴族でありお金持ちでもあるマキシムが、モンテカルロのダイニングルームで高く手を上げてウエイターを呼ぶのが解せない。富裕層相手のホテルならサービス・スタッフは客の目線をみて素早く近づいてくるものだ。
(シアタークリエ 6月30日まで)
2008.6.11 掲載
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