森に響く一発の銃声、白いドレスのマリーが倒れる。続いてもう一発。頭を撃ったルドルフはピストルを手にしたままマリーの上に崩れ落ちる。皇太子の心中に混乱と狂乱で右往左往する町の人々。舞台は冒頭からショッキングな結末から始められる。"気をつけろ ここはウイーンさ すべてがほら渦巻いている"手品師ファイファー(浦井健二)がミュージカルのテーマを歌う。(演出 宮本亜門)。
「うたかたの恋」「エリザベート」など映画やミュージカルで何度も取り上げられた19世紀末オーストリア皇太子の悲恋は今回ミュージカル「ルドルフ」(音楽 フランク・ワイルドフォーン 脚本・歌詞 ジャック・マーフイ)として日本に登場してきた。
ルドルフは目下躍進中の東宝ミュージカル・スター井上芳雄、"私という人間"で自分自身を解き放ち、新しい道を目指そうと朗々と歌い上げる姿に若さが輝く。また宮廷を逃れて娼婦館での酔いどれぶりにも観客の同情が沸く。しかし、である、肝心の舞踏会の場面でほとんど踊っていない。他のキャストが本場のウイナー・ワルツを軽やかに踊っているのであるから彼も優雅にステップを踏み、マリーと観客をそのリードで魅了してほしい。井上ほど長い足を持つスターは日本にはほとんどいないのに、それをダンスで生かさないのは残念だ。
ピーター・パンでデビュー以来10年のキャリアを重ねた笹本玲奈は"ウーマン・イン・ホワイト"を経てミュージカル女優としてまた大きくなったようだ。称号だけの貧乏貴族として玉の輿に乗るため参加した舞踏会でルドルフと出会い、彼との愛に生きる決意を歌うのが健気だ。12月の「玲奈10周年記念コンサート」が楽しみだ。
オーストリア首相ターフェの岡幸二郎と皇帝フランツ・ヨーゼフの壌晴彦は19世紀末ヨーロッパの大物政治家、ヨーロッパの名門ハプスブルク家の貴族を演じて舞台を重厚なものにしている。また親子の情愛から対立に向かう井上と壌の男性二重唱はこのミュージカルに格調を与えている。
愛する夫に裏切られる皇太子妃ステファニーは役者として損な役割だが、知念里奈は庶民的過ぎる。少しは貴族的に立ち振舞ってほしい。概して日本の役者はヨーロッパ貴族の役は苦手のようだが、例外はマリーのメンター兼友人役ラリッシュの香寿たつき。カーテン・コールの際の彼女のコーテシー(お辞儀)は本物だ。
(帝国劇場にて公演 6月1日まで)
2008.5.21 掲載
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