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ミュージカル ラ・マンチャの男

4月15日昼の部で「ラ・マンチャの男」1100回記念公演を達成した松本幸四郎は特別カーテンコールで父、松本白鸚の縁で歌舞伎俳優であったからこそ本場ブロードウエイと日本で挑戦できたミュージカル"Man of La Manch"公演の40年に渡る歴史を振り返り「舞台の役者は舞台の上にいる2時間に生きている。(役者の)一瞬一瞬をお客様の永遠にしたい」と謙虚に挨拶した。

また「嫁になぞゆく(ゆかす)ものかと思っていた娘、松たか子がいまや人妻となり親娘としてではなく、対等の共演者として同じ舞台を踏める」と役者家族としての喜びを語り、最後は観客、キャスト全員とともに「見果てぬ夢」を歌った。

ストーリーは劇中劇の構成

"Man of La Mancha"の舞台は薄暗い地下牢獄で始まる。教会侮辱罪で投獄された詩人・劇作家セルバンテス(松本幸四郎)は、従僕のサンチョ(佐藤輝)と共に宗教裁判所の隊長に引き立てられて中央の階段を下りてくる。居並ぶ囚人たちは思想犯でなく只の人殺しや泥棒。新入りをいびり囚人同士で裁判にかけようとする牢名主(瑳川哲朗)にセルバンテスは即興で芝居を演じて申し開きをしようとし、居並ぶ囚人たちにもそれぞれ配役する。

詩人が演じる役はラ・マンチャの男、キハーナ、後の「ドン・キホーテ」。中世の騎士に関する書籍を読みすぎて頭がおかしくなり、自分を騎士道修行の郷士と思い込み従僕サンチョをお供に諸国遍歴の旅に出る。ただの風車を四本の腕を持つ巨人と思い込み戦いを挑み手痛い目にあう。街道の旅籠屋を広大な城と思い込んでは一夜の宿を乞う。そこで目にしたのはアルドンサ(松たか子)。旅籠の下働きをしながら、夜は客の男たちの相手をする孤独なあばずれ女。

ところが、貴婦人崇拝も騎士道と心得るキハーナの目には彼女が麗しきドルシネア姫と映る。牢名主が演じる城主に叙勲され晴れて郷士から騎士ドン・キホーテとなったキハーナは彼女を貴婦人として鄭重に扱う。

一方、貴婦人としての扱いに女性としての誇りを意識し始めた彼女に荒くれ男たちが集団で襲いかかる。凌辱されたアルドンサは自暴自棄になってキハーナに彼の思うような高貴な姫ではないと荒れ狂う。混乱する舞台に現れたのが鏡の騎士とその軍団。キハーナを打ちのめして正気に返らす。実はキハーナの姪の婚約者である精神科医が仕掛けたものだった。

精根尽き果てて故郷であるラ・マンチャの屋敷に連れ帰られたキハーナは遍歴の旅は夢だった、と納得させられて姪と精神科医の立会いの下に遺言書を書こうとする。死の床にあるキハーナの許に突然現れたアルドンサは、彼に「夢なんかじゃない、私を“ドルシネア”と呼んでくれた」と必死で話しかける。その声にキハーナは我に返り、アルドンサとサンチョに支えられ死力を奮って立ち上がる。「我こそはドン・キホーテ。ラ・マンチャの男!」

劇中劇の芝居が終わり、隊長は牢獄まで呼び出しにやって来る。詩人セルバンテスは自ら創作した理想を求め続ける狂気の騎士「ドン・キホーテ ラ・マンチャの男」として宗教裁判を受けるべく悠然と舞台中央の階段を登って行く。

父娘 夢の共演

ミュージカルは他のお芝居に比べて単純明快でわかりやすいのが特徴だ。ところが、セルバンテスの「ドン・キホーテ」を出典とするこの作品は構成が複雑で正直言ってわかりづらい。しかも舞台はほとんど暗い牢獄だ。それでも再演、再再演できるのは困難な芝居に挑戦する役者の熱気と今や古典となったミュージカル・ナンバーの素晴らしさにあるのではないだろうか。“The Impossible Dream(見果てぬ夢)”“Dulcinea (ドルシネア)”などは世界中でポピュラーだ。

三年前の公演で見た松たか子のアルドンサにはお嬢様の品のよさが消えなかったが、今回やっぱり役者だな、と改めて感じた。大勢の荒くれ男から手慰みにされる旅籠の下女から、キハーナの死の床で優しくも毅然とした女性に成長するまでの演技が感動的だった。フィナーレで彼女が舞台前面に腰掛けて「見果てぬ夢」を切々と歌いだすと客席から啜り泣きが広がっていったものだ。

1100回記念のカーテンコールで66歳になる松本幸四郎は「60歳からみる夢が本当の夢」と述べたが、今回の"Man of La Mancha"は役者同士として円熟した父娘の夢の競演ではなかろうか。
(帝国劇場 4月30日まで)

2008.4.23 掲載

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