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ブロードウェイ・ミュージカル 「ウィキッド」

ジュディー・ガーランドのテーマ曲“Over the Raindow”でお馴染みの映画「オズの魔法使い」には知られざるプロローグがあった!

このミュージカル(作詞・作曲 スティーヴン・シュワルツ 脚本 ウイニー・ホルツマン)は、ドロシーが「オズの国」に迷い込む以前に起こった二人の魔女、激しい気質と緑の皮膚を持つエルファバと美しく人気者で野心家グリンダの女性同士の出会いと成長の物語である。エルファバが西の悪い魔女になり、グリンダが東の善い魔女になった裏にはいかなる圧制と情報操作が動いたか。華やかなミュージカル舞台の奥に、米国ブッシュ大統領と現政権非難を潜ましているところがいかにもブロードウエイ好みだ。

「シアター通よりシアター好き」筆者として嬉しいのは、電通四季劇場「海」そのものがブロードウエイ・マジックで「オズの国」に変貌していること。場内に一歩入ると迫ってくるのは、プロセ二アム(舞台額縁)中央に鎮座する恐ろしい口と巨大な翼を持つドラゴン。緞帳にはオズの国の地図が描かれ、舞台の両脇には葡萄の蔦がまつわりついた時計仕掛けの歯車がギラギラしている。舞台両端の柱からは羽の生えた猿達が縦横に飛び交う。(装置デザイナー ユージーン・リー)映画では味わえない異次元の世界に期待でドキドキする。


“Popular”になろう

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映画の物語が始まる以前、「オズの国」では人間と動物が同じ言葉を話して共存し、各国貴族の子弟も学ぶ全寮制の大学「シズ大学」があった。ある日、マンチキン国総督の長女で不思議な魔力と緑色の肌を持つ激しい気性の少女エルファバ(濱田めぐみ)が足の不自由な妹の世話係をかねて入学してくる。

同級生の軽薄だが美人で人気者のグリンダ(沼尾みゆき)とは最初は反発しあうがルーム・メイトになったのを機会にお互いを理解し、グリンダは孤高で偏屈なエルファバのイメージ・チェンジを図り、学生たちの間で人気者になるコツを教える。”Popular”(になろう)は二人のソプラノのデュエットが楽しい。

ところが平和な国にも言論統制の圧制が忍び寄る。動物たちから言葉が奪われ、エルファバの理解者だった山羊のディラモント教授も学校から追放されてしまう。人間と同じ言葉を奪われ「メーメー」悲しげになく教授は、あの9・11以後早急に制定された“Patriot Act”(愛国者法)で言論の自由と市民としての人権を抑圧されながら黙っている米国の中年男性知識階級を象徴するようだ。

一方、圧制と戦う決心を歌うエルファバの“Defying Gravity”(権力の重圧を撥ねのけて)は、今現在自分で道を切り開こうとする若い女性たちへの応援歌と聞こえる。歌いながら 舞台中央5mの高さまで舞い上がる彼女は実にかっこいい。(Flying by Foy)

親友になった二人の間に現れたグレンダのボーイ・フレンドであるハンサムなウインキー国王子フィエロ(李 涛)は、実験用のライオンの仔を逃がそうとするエルファバの強い決断力と弱い動物に対する愛情に惹かれてしまう。自分には男性なんて関係ないと思い込んでいたエルファバは、改めて友情と恋との狭間で悩むことになる。

そこへオズの魔法使いから招待状が届き、エルファバは魔法使いになりたいグリンダを道連れにエメラルドシティに向かう。緑の照明の中で緑の衣装を着たダンサーたちが踊るこのシーンは、ミュージカル・ナンバーの圧巻だ。しかし、憧れていた魔法使いはただのいんちきな男で、魔力の無いのを隠すため機械仕掛けの巨大な頭を動かして市民を欺き、シズ大学校長マダム・モリブルと組んで圧制をしく謀略首謀者だった。

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エルファバは彼から魔法の本を奪い、オズの国開放のために戦うことを決意する。体制の崩壊を恐れたマダム・モリブルはグリンダを善い魔女に祭り上げ、悪い魔女の汚名を着せたエルファバを軍隊に追わせる。

体制内で生き抜いて持続可能な正義を求めるのがよいのか、孤高の個人として例え自爆しても自らの美学で体制と戦い正義を求めるのがよいのか。人生選択の分かれ道に立つ二人の“For Good”は女性同士お互いの気持ちを思いやる優しさに溢れて美しい。

ボーイフレンドと親友を失ったが数々の試練を積んだグリンダは、最早軽薄な少女ではない。立派に成長した女性としてオズの国の人々のリーダーとなる。一方、エルファバは自分が生き延びたことをグリンダには敢えて伝えず、静かに舞台から消えてゆく。恋には縁がないと諦めていたエルファバにはカガシに変身したフィエロがそっと付添ってゆく。

久しぶりに歌も踊りもあるミュージカルらしいミュージカルを堪能した。ブロードウエイで圧倒的に若い女性観客層を集めたのは、女性同士のベタつかない友情と成長の物語が共感され、おまけにもてないはずの個性的な女性が最後にはハンサムな男性をゲットする夢があるからだろう。

今までスターの二番目としてプログラムに乗っていた濱田めぐみと沼尾みゆきが堂々と初日から主演を張っているところに、劇団四季俳優育成の実力が感じられる。公演予定は最低一年間のロングランなので今度は何時、誰と見に行こうかと楽しみだ。(電通四季劇場 「海」にてロングラン上演中)

2007.7.13 掲載

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