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渋谷・コクーン歌舞伎「三人吉三」はBig Entertainment!

中村勘三郎は歌舞伎を「古典教養番組」から観客が歓喜する「Entertainment」に先祖還りさせた。一階席の半分は椅子席を取っ払って平土間にし、座布団の上に胡坐をかいた老若男女の観客は、和尚吉三の勘三郎のアドリブにドッと沸き、お坊吉三の中村橋乃助とお嬢吉三の中村福助のゲイを感じさせる色気に陶然となる。椅子席の観客も目線を左右に揺らせて「さて今度はどちらの扉から役者が登場するのか」と緊張。

渋谷の文化村というエレガントな場所を逆手にとって、コクーン歌舞伎は江戸時代の雑然とした芝居小屋の雰囲気を醸しだしている。衣装と照明は奇想の画家若冲の世界のようで、豪胆な色使いとディーテールに凝った舞台が迫力を持って観客に迫ってくる。(演出・美術/串田和美 照明/齋藤茂男)


河竹黙阿弥作「三人吉三」

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  月も朧に白魚の、篝もかすむ春の空
  冷たい風もほろ酔いに、心持よくうかうかと
  浮かれ烏のただ一羽
  塒へ帰る川端で、棹の滴か濡れ手で泡
  思い掛けなく手にいる百両

  ほんに今夜は節分か

  こいつぁ春から、縁起がいいわえ

河竹黙阿弥の「三人吉三」の全篇を知らなくとも、日本人ならなんとなく大川端庚申塚の場のお嬢吉三の台詞は耳に入っている。「白波五人男」と同様だ。 ところが「白波」とは異なり「吉三」は「縁起がいいわえ」どころか、因果は巡る地獄絵図で強盗殺人、近親相姦のかなり残酷な場面にブラック・ユーモアを鏤めた作品だ。

これをカブいて粋で美的な世界に替えたのが勘三郎座長。序幕では高利貸し鷺の首の太郎衛門に扮し、将軍家重宝の脇差庚申丸を買い求める得意先海老名軍造(橋乃助)に貸した金のリベートを受けとる。 その帰り道で「金をもろたら申告!申告!」。会場からも笑い声が「申告!申告!」と唱和する。

勘三郎襲名披露時のお祝儀を申告しなかったと国税庁より摘発を受けたことへの洒落だ。大川端の夜鷹(江戸時代の下級娼婦)たちの吉三たちのパロディーも猥褻で面白い。

この7月N.Y.リンカーン・センターでの平成中村座「法界坊」公演を前に特訓中の英語交じりの台詞のサービスもある。



フィナーレには浄めの雪が

コクーン歌舞伎の圧巻は幕切れの雪。三人吉三を捕らえるため、江戸市中の締められた木戸を開けるため、お嬢吉三は降雪中の本郷火見櫓によじ登り、ご禁制の櫓太鼓を打つ。三人そろったお嬢、お坊と和尚吉三は庚申丸と奪った百両をお嬢の父、八百屋久兵衛に託し白雪の舞う中で捕り手と戦う。

雪は舞うだけではない。白いレンガのブロックとなって舞台で弾んで客席で散る。「ウワー!」と叫んで逃げる観客。圧倒的多数の捕り手に囲まれた三人の吉三はもはやこれまでとお互いに刺し違え、折り重なった三人の死体にはこれまでの悪行非道を浄めるように吹雪が降り注ぐ。

眠れよい子や
  明くる日は
  お宮参りさ
  ねんねしな

  眠るよい子は
  玉手箱
  みつめていても
  あっと言う間
  あっと言う間

シンガー・ソングライター椎名林檎の歌声が静かに大詰に流れる。通常の清元ではない。歌舞伎とボーカルの融合。平成中村座には異次元の交流がピッタリはまる。
(6月28日まで渋谷・シアターコクーンにて)


2007.6.21 掲載

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