伝説のタイタニック号1912年4月沈没の悲劇が今度は東京のミュージカル舞台に甦った。(脚本・原案 ピーター・ストーン 作詞・作曲 モーリー・イエストン 演出 グレン・ウオルフォード)
「タイタニック」といえば、三等船客役レオナルド・ディカプリオを一躍スターに押し上げた映画の印象が今なお強く残っている。また、このミュージカルは配役表を見るとスター総出の群集劇のように思えるが、実はレオ様ならぬ充様、新鋭船舶設計士トーマス・アンドリュース役を演じたロックバンドSOPHIAヴォーカル松岡充のミュージカル・デビュー作だ。
冒頭タイタニック号を設計したアンドリュースは最速最大の客船の威容をプロローグの「In Every Ageいつの時代にも」で朗々とソロで歌い上げる。松岡の細身の小さな身体に情熱が満ち溢れかっこいい。幕が開くと船首楼大甲板とブリッジ。巨大で骨太な舞台装置だ。(美術 島川とおる)
豪華客船は欧米社会の縮図。メイシー百貨店の経営者、イジドーとイーダ・ストラウス夫妻(光枝明彦・諏訪マリー)他大富豪のグループが一等船客に、社交界に入りたい金物屋のおかみさん(森口博子)は二等船室から隙あらば一等のサロンに入ろうとしている。主産物ポテトの不作で新天地をアメリカに求める若者ジム(浦井健治)、不倫で妊娠、お金持ちのメイドになりたいケイト(紫吹 淳)など貧しい人々が三等船客に。タイタニック号は巨大豪華客船であると同時にアイルランド農民にとっては移民船なのだ。
ところが人智と高度技術を尽くした「動く物体」も、人間の傲慢さエゴと決断力のなさで氷山という自然の脅威に脆くも敗れてしまう。
自分の設計した船の能力を過信するアンドリュースは、太平洋横断最速記録樹立を狙うタイタニック号の船主J.ブルース・イズメイ(大澄賢也)と一緒になってスミス船長(宝田 明)に圧力をかける。船長も処女航海のため慎重になっていたのだが、引退前の最後の航海を記録で飾ろうとこれに屈する。船の速度は巡航の19ノットから20ノットへ最後には23ノットへ。
通信士ハロルドと一等航海士ウイリアムは付近を航行中の船舶から何度も氷山接近の警告を受けるが、再再度同じ報告をして船長の機嫌を損うのを恐れて連絡に踏み切ったのは手遅れになってから。やがて巨大客船は氷山に右舷から衝突。船首、ブリッジ、甲板とダイナミックな屋台崩しの中、乗客たちの阿鼻叫喚が舞台を覆い尽くす。
アンドリュースは氷山に衝突後に船内も点検し、ボイラー室の防水隔壁の高さ不足が浸水の原因とわかると甲板に設計図を広げて狂気のように手直し。巨大豪華船の沈没の責任はまず設計者の自分にあると自分を責める。そして女性と子どもを乗せた最後の救命艇が本船を離れる時、それまで片時も放さなかったタイタニック号の模型を子どもの乗客に託し、自身は救命具をつけぬままマストに寄りかかる。その後姿は苦悩で押し潰されているようだ。
実録「タイタニック号」の遭難でも有名なエピソードだが、「女性と子ども優先」の救命ボートへ一等船客が歩む中、ストラウス夫人は40年も連れ添った夫と最後まで船に残ることを選ぶ。ストラウス夫妻のデュエット「Still いつまでも」は老夫婦のお互いに対する愛情に満ちて、この作品にしっとりした落ち着きを加えている。
これも実話で有名なのだが、楽士団の演奏は船が氷山に衝突した時のラグタイムから沈没が決定的になった後の賛美歌「主よ身元に近づかん」へと移ってゆく。乗客と観客の魂を清めるシーンである。筆者の隣の席の女性はあふれる涙をハンカチで拭っていた。
アンコールの拍手でこの松岡充が演出家グレン・ウオルフォード女史の手を引いて登場すると、観客は総立ちでスタンディング・オベーション。
映画「タイタニック」の乗客シャーリー・ウインターズを思わすふくよかなブロードウエイのゴッド・マザーと小柄でいなせな松岡は良く似合うコンビだ。
それにしても期待していた元宝塚スター紫吹淳のケイトの出番が少ない。4月公演のThoroughly Modern Millieまでお預けなのだろうか?
(2007年2月4日まで 東京国際フォーラム ホールCにて)
写真提供 フジテレビ/る・ひまわり
2007.1.23 掲載
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