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ルジマトフとインペリアル・ロシア・バレエ

アダージェット〜ソネット〜

アダージェット〜ソネット〜

マーラーの交響曲より「アダージェット」が静かに流れる。黒を背景にした舞台にファルフ・ルジマートフの白光を放つ上半身が浮かび上がる。黒のパンタロンで下半身をまとい上半身は裸である。

胸から肩へ、肩から腕へ、流れる音楽とともにルジマトフの強靭な筋肉の一筋一筋に命が与えられる。彼は大鷲のように雄雄しく羽ばたき、白鳥のように優雅に跪く。セクシーで優雅なソロに隣席の女性客は大きな溜息をついた。

苦行僧のように自らの命を燃やし切ったダンスに観衆は大喝采でカーテンコールを求めたが、ルジマトフはわずかに会釈するのみ。両腕を翼のように翻しいつものルジマトフの華麗なレベランスで客席に応えたのは、3度目のカーテンコールだった。

 

「シェヘラザード」

求道者ルジマトフは同時にエロチックな官能美を体現する。白黒の「アダージェット」の舞台に対して、リムスキー・コルサコフ音楽の「シェヘラザード」は極彩色。アラビアン・ナイトの世界に、ルジマトフとインペリアル・ロシアン・バレエのダンサーたちは、異教徒の性の饗宴を繰り広げる。

アラビアの王者シャリアール王(ゲジミナス・タランダ)の豪華なハーレム。 寵妃ゾベイダ(スヴェトラーナ・ザハロフ)は妖艶なダンスで王に媚びる。女奴隷たちも挑発的なダンスで王を誘惑しようとする。ところが、王妃の不実を疑う王が「狩りに行く」との口実で出かけると、女たちは宦官から鍵を騙し取り、部屋の奥から男奴隷たちをハーレムに引き入れる。

「シェヘラザード」

最後に現れたのは「金の奴隷」ルジマトフである。彼は放たれた矢のように鋭くしなやかに王妃のもとに駆け寄る。彼は奴隷の身分でありながら、王の寵妃ゾベイダと愛し合う。

裏切られたと知って怒った王は「金の奴隷」を自ら手にかけ、残されたゾベイダも自らの刃でその後を追う。舞台に佇むのは失意のシャリアール王一人。

「シェヘラザード」は1919年バレエ・ルスのパリ初演時に「性的過ぎる」と上品な観客たちが退場したエピソードを持つ。この強烈なエロティズムを芸術に昇華したルジマトフとインペリアル・ロシアン・バレエはいつもながら素晴らしい。 

(2006年10月15日新宿文化センターにて)



2006.10.30 掲載

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