原作は、日系イギリス人作家カズオ・イシグロの同名ベストセラー小説。イシグロ作品の映画化は、権威ある文学賞、ブッカー賞を受賞した「日の名残り」に続いてのものとなる。この2作に共通して描かれているのは、自分の運命を静かに受け入れる人たちだ。
『日の名残り』では貴族の家で代々働く執事が主人公。同じお屋敷で働く女性とお互いに憎からず思いながら、自分の役目をわきまえ、仕事に沿うように生き、同僚としての敬愛から超えようとはしない。役割を全うしながら、静かに老いていく。
最後まで日々の流れを乱すことなく生きようとする主人公が印象的だが、イシグロは、そういう生き方を賞賛しているわけでもない。過酷な運命を驚くほど従順に受け入れてしまうこともある人間は時に悲劇的でさえあるとしながら、運命に抗う人より、運命を受け入れる人に、いつも興味が向かうという。
『わたしを離さないで』の主人公たちの運命は、執事より、ずっと受け入れがたいものだ。幼い頃から、知らされないまま、ある目的のために育てられる子どもたち。その目的は、彼らの生を短くすることにつながってしまう。そんな運命でさえ、静かに受け入れていく主人公たちの姿はせつない。ロマンチックにも響くタイトルが、見終わった後には切実なものとなる。
キーラ・ナイトレイ、キャリー・マリガン(第24回で紹介)、アンドリュー・ガーフィールド(第43回に写真)という今をときめくイギリスのスター3人を中心に、スタッフ、キャストが並んだ会見の席で、一番長く答えることになったのは原作者のイシグロだった。臓器移植、人生、命という重いテーマを扱った作品だけに、簡単には答えられない質問が多く、そのテーマについて考え続けてきたイシグロの出番が多くなったのだと思う。
質問後、沈黙が流れてしまうような時に「映画を作ったみなさんに代わって私が答えるとすれば」と代表する形で、また「それは原作者に答えてもらったほうがいい」と脚本家からパスを受け、出しゃばるでなしに多くの質問に答え、的確な言葉を選びつつ、流暢な英語で、しっかり伝える。会見でのイシグロはイギリス人、中でもかなり知的なイギリス人の話し方だった。
5歳の時に両親とイギリスに移り住み、成人してイギリス国籍をとってから数十年ぶりに日本の地を踏んだというイシグロは、子どもレベルの日本語を英語交じりでしか話せないという。
イシグロが運命を受け入れる人を好んで描くのは、そういう国民性を持つ日本人だから、なんて言うのは強引かもしれない。それでも、その作中人物たちの静かな佇まいは、日本人には馴染みのあるものに感じられる。心の中に自分の日本を持っていると言うイシグロだ。
細部まで気を配った衣食住と高い教育が授けられる寄宿学校で、ずっといっしょに育ったキャシー(マリガン)、トミー(ガーフィールド)、ルース(ナイトレイ)。お互いへの思いを断ち切れないまま、それぞれの道を進む彼らを待ち受けていた運命が、また3人を引き寄せ…。
監督 マーク・ロマネク
出演 キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイ ほか
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2011.3.25 掲載
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