『50歳の恋愛白書』になってしまった『The Private Lives of Pippa Lee』をネタに、第18回でベタな邦題について書いた。
が、逆もまたしかり、『一命』の英題が『Hara-Kiri:Death of a Samurai』…。
というわけで、今回はオリジナルのタイトルとかけ離れてしまう訳題について再考しつつ映画紹介。
『一命』は、滝口康彦の小説「異聞浪人記」の三池崇史監督による映画化だ。同じ小説を小林正樹監督が映画化した『切腹』があるから、2度目の映画化となる。小林監督映画『切腹』の英題は『Hara-Kiri』だった。こうしてみると、切腹がそのまま腹切りで伝わるラッキーなケースだ。
一命という字面は、いかにも武士を思わせる。特に、日本版のポスターにあるような筆の勢いのわかる書にすると、横の市川海老蔵の時代劇タッチの顔とも、よくマッチする。
それを直訳するとワン・ライフ。これでは、動物や、きれいな海や緑が登場するエコロジー映画みたいだ。U2にも、ワン・ライフという歌詞の出てくる曲があったから、そちらを思い浮かべる人もいるだろう。英題としては却下されそうだ。
一命のニュアンスを英語で伝えて、しかも時代劇風味まで感じさせるのは無理かもしれない。結局、英語から日本語にせよ、日本語から英語にせよ、ニュアンスは直訳では伝わらないということに尽きる。
Hara-Kiriを使った英題は、小林監督作品との関連が、わかりやすくはある。ニュアンスを伝えようと無理するより、わかりやすさ重視で、ベタなタイトルになるのもやむなしか。
『一命』には、切腹も出てくるし、侍の死も描かれる。だから、英題も嘘ではない。だが、侍の美学としての切腹を期待して見ると、相反する内容に驚くだろう。
実より名をとるのが侍だが、『一命』の主人公一家は違う。お家取り潰しで浪人となった主人公の一家は、貧しく、生きるのに精一杯だ。そんな彼らが死をも辞さないのは、名のためではなく、妻や子を生かそうという実のためだ。
最初、情けない侍と見えていたのが、妻子のためなら侍の面目などかなぐり捨てようという決意がわかってくるにつれ、最後は全く違って見える。
ロンドン映画祭の上映では、真相が明らかになっていくのを皆が息をつめるように見守っていた。三池監督前作『十三人の刺客』が同映画祭で上映された昨年の、笑いもあがっていた雰囲気とは対照的だ。
エンターティメントで見せた前作に比べ、今回は、もっと侍の苦しい内実に迫ったものになっている。名のために切腹しようとする名家の侍が、体裁だけのために愚かしく命を捨てる者に見えてくる。だが、そこは三池監督、チャンバラを楽しみたい人も、海老蔵の大立ち回りで満足できるだろう。
命に重点が置かれていることで、一命というタイトル。
ベタな英題のおかげで、三池監督のタイトルの意図がはっきりわかったとも言える。訳題で失われるニュアンスで、オリジナルのタイトルの意図に気づくこともあると考えれば、ベタな訳題も悪くない?
切腹すると称し、その場所を借りるため名家の門をたたいた浪人(市川)は、召抱えられることや金銭を得ようとする狂言切腹ではと、家老(役所)に疑われる。狂言切腹を知らないと言う浪人に、家老はある哀れな男(瑛太)の例を話し始める。初めて聞く素振りをする浪人の真の目的は…。
監督 三池崇史
出演 市川海老蔵、瑛太、満島ひかり、役所広司 ほか
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2011.10.28 掲載
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