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遅ればせながら岩井俊二『ヴァンパイア』

ロンドンに住み、イギリス映画に少し詳しくなった分、最近の日本映画には疎い。噂に聞いていた岩井俊二監督作品も、実はお初。うわー、こういうのだったのね!

“リリカル”と評される岩井監督、こそばゆい映画を作る人かと思ってた。全然こそばゆくなかった『ヴァンパイア』で、これまでの見逃しを悔やむ。その後、岩井監督の初期の作品『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を見たけど、そちらも面白かった。これから見逃し分と新作を見ていくのが楽しみ。

『ヴァンパイア』はホラーではない。かといって『トワイライト』のようなロマンチックなラブストーリーでもない。吸血鬼映画なのに、赤い血より、白くまん丸な風船が象徴的。でも、決して甘ったるくはない。人を傷つけることなしに血を得たいという心優しきヴァンパイアが目をつけるのが自殺サイト。死にたい女性たちとヴァンパイアとの関係が紡がれていく。

2011年2月のベルリン映画祭で、岩井監督は自殺者の多い日本について「映画のやるべきことは、そこから目をそむけないことではないか。問題として考えるよりも、むしろ、そういう人たちのそばにいてあげる気持ちで共有することが大事ではないか」と語った。まさしく、映画中のヴァンパイアは自殺志願者たちに寄り添うようだ。

表向きは教師のヴァンパイアを演じるケヴィン・セガーズの生真面目な感じが、血は欲しいが傷つけたくはないジレンマに説得力を持たせている。もともと殺人者と自殺志願者という構想だったものを、ヴァンパイアに変えたというのも正解だったと思う。ヴァンパイアで好青年というのは無理なく両立するけど、善人の殺人鬼を表現するのは難しそう。ちょっと、見てみたい気もするけど。

対する女性たちも個性が際立つ。蒼井優や、『クジラの島の少女』が忘れがたいケイシャ・キャッスル=ヒューズはひとまずおいといて、オーストラリア出身のアデレイド・クレメンスについて。と言うのも、BBCで放映中の『Parade's End』というドラマで、ベネディクト・カンバーバッチをめぐりレベッカ・ホールと対立する役を演じていて、ワクワク見ているところだから。『SHERLOCK/シャーロック』で今をときめくカンバーバッチと、BAFTAほかで女優賞も獲得しているホールに、引けを取らないクレメンス、2012年の注目株として映画誌で紹介される新進女優だ。『ヴァンパイア』では、自殺志願者として登場するも、ヴァンパイアと奇妙なつながりを持つことになる女性を好演。

いずれも雰囲気のある美女たち、蒼井、キャッスル=ヒューズ、クレメンスの3人はじめ、それぞれの人への、ヴァンパイアである主人公の対し方が、いちいち優しくて誠実。いいなあ、人はこうありたいものだ、ってヴァンパイアだけど。という見ている側の気持ちを救い上げるように、悲しい結末が予想される最後に加えられたシーンも良い。

『ヴァンパイア』9月15日公開 ■ ■ ■

青年(ゼガーズ)と若い女性(キャッスル=ヒューズ)が乗る車。デート中のカップルのようでもあるが、お互いによく知らない者同士だ。死ぬことを目的に出会った2人、青年が死に方を提案する。「血を抜こう」…。岩井監督が英語で脚本を書き、海外俳優を起用し、カナダでロケした作品。

 監督 岩井俊二
 出演 ケヴィン・ゼガーズ、ケイシャ・キャッスル=ヒューズ、蒼井優 ほか

2012.9.13 掲載

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