まずはクイズから。
上の写真で足りないものは何でしょう?(ヒント:写真は受賞会見でのもの)
なーんて、クイズ仕立てにしてみたが、ベルリン国際映画祭各賞発表・授賞式後すぐの受賞者会見では、みな受け取ったばかりのトロフィーを手に登場する。それを高く掲げたり、口づけたり、喜びを表現しつつ写真に納まるのが、お約束みたいなもの。
手ぶらで現れたタル・べーラ監督が『ニーチェの馬』で受賞したのは審査員グランプリ。ベルリンのコンペティション部門では、最優秀作品賞が金熊賞、男優賞、女優賞などの各賞は銀熊賞となる。たくさんある銀熊の中でも、審査員グランプリは金熊賞に次ぐ賞だ。
その銀熊のトロフィーなしで現れたべーラ監督には「トロフィーは?」と記者団から声があがり、当然知っているのに「金だっけ?銀だっけ?」とジョークも飛ばされた。べーラ監督は「どこかに置いてきちゃったよ」などと言いつつ、結局、銀熊トロフィーは見せずじまい。
この作品を最後に、もう映画は作らないと宣言しているべーラ監督、金熊でなかったのがそうとう悔しかったのでは、と推測。いえ、本当のところは知りませんが。
『ニーチェの馬』は白黒映像、限られた場所と登場人物で、この世の終わりかという恐ろしさを見せる。老いてはいても頑健そうな大きな体で馬に荷を引かせる父と、家事をする中年にさしかかろうかという娘の、生活の細部が重ねられていく。人里離れた、砂が風に舞う荒野の、石造りの家が舞台だ。
何でもない生活の細部が、少しずつ違ってくる。例えば、数回繰り返されるイモを食べるシーン。それぞれ働いた後、2人でテーブルにつき、ゆでたジャガイモに塩をつけて食べるだけのシーンが、最後には象徴的なものとなる。
金熊賞の『別離』は、1つの家族にイランの現状を反映させて見せるものだ。オーソドックスなドラマ形式で、期待を持たせる出だしから絶妙な終わりまで、とても上手い。対して『ニーチェの馬』は、最後になって、そこまで積み重ねられた部分が生きてくる。途中で見るのをやめてしまった人は、退屈な映画と思ったままでいるかもしれない。
ストレートに伝わる『別離』の金熊賞は順当な気もするが、芸術性なら『ニーチェの馬』の方が高いのではとも思う。甲乙つけがたいと言うより、あまりにタイプの違う映画で、どこに重点を置いて審査するかで結果も変わってきそうだ。
賞の結果には、作品の良し悪しのほかに、賞それ自体の性格も出る。賞は作品を評価し、その結果で賞が評価できるというわけだ。ということで、ゲイリー・オールドマンに主演男優賞がいくようなら、評価してやってもいいぞアカデミー賞、とえらそうに言ってみる。
『ニーチェの馬』2月11日より順次公開 |
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鞭打たれる馬をかきいだき、その場で倒れ正気を失ったというニーチェの逸話が語られた後、激しい風の中、馬に引かせた荷車で行く老人が現れる。老人とその娘の、荒野にポツンと建つ一軒家での質素な暮らし。淡々と重ねられる毎日が、しだいに不吉な影に覆われ…。
監督 タル・べーラ
出演 ボーク・エリカ、デルジ・ヤーノシュ ほか
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2012.2.11 掲載
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