戦地から戻らぬ息子を探す年老いた母とその孫が、古都バビロンを行くロード・ムービー。12歳の少年である孫にとっては、父を探す旅だ。刑務所や墓地、荒地に転がる頭がい骨の中にも、父を、息子を探さなくてはいけない少年と老母が悲しい。
「イラクでは行方不明者が100万人を超える」とイザベル・ステッドは話す。ステッドは、この映画のプロデューサーを務めつつ、イラク・ミッシング・キャンペーンを設立し、イラクの現状に目を向けさせることに尽力している。
イラクの人口が3000万だから、100万といえば国民ほとんどに行方不明の近親者がいるとも言えそうな数字だ。
実際、モハメド・アルダラジー監督にも、行方不明になった息子を待つ叔母、2009年から行方がわからなくなった義兄弟がいる。
主演を務めたシャザード・フセインには、1987年にサダム・フセイン政権下で連行されたまま消息を絶った夫がいた。自身も投獄された経験を持ち、夫ばかりでなく子どもと兄も亡くしているシャザードは、サダム・フセインの裁判で証人となった。
アルダラジー監督は、プロの俳優ではなく、主人公と近い経験をしている現地の人を探したという。
シャザードの深い皺が刻まれた顔ばかりでなく、それを形作った過去が、この映画の助けとなったようだ。
過酷な現実をそのまま受け止めるしかない孫を演じるヤッセル・タリーブにもリアリティがある。時おり見せる、全てを悟っているような表情も、戦時に育った子どもということが手伝っているのかもしれない。
イラクの問題を正面から捉えた骨太な物語を、繊細なエピソードが支える。
12歳の孫も、ただ守られているばかりではなく、大人顔負けのはしこさも見せる。物売りの少年に代わって商才を発揮したり、目的地にたどり着く前に止まってしまったバスの運転手から料金を取り戻したりするくだりは、愉快でもある。
元兵士と、しばらくの間、いっしょに旅する顛末もいい。ちょうど2人の探す息子/父親ほどの年齢の元兵士は、2人には願ってもない用心棒となりそうだが、それもかなわない。2人と元兵士の間にも、イラクの苦難の歴史が暗い影を落としてしまう。
写真は、ロンドンで開催されているインディペンデント映画の祭典レインダンス映画祭で外国映画賞を受賞した際のステッド。この映画は、ほかにも各国で数々の映画賞を獲得している。
強く伝えたいことがあっても、その思いの強さで、かえって空回りすることもある。また、伝えたいことと映画としての質の高さは別物でもある。
伝えられるべきことに取り組んだことと、作品としても優れたものとなったことの両方に、拍手を送る気持ちだった。
『バビロンの陽光』6月4日から全国順次公開 |
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出兵したまま戻らぬ息子を、息子が残した孫(ヤッセル)とともに探す年老いた母(シャザード)。確実な交通網もないフセイン政権崩壊後まもないイラクを旅する2人は、息子を、父を、探すことができるのか。
監督 モハメド・アルダラジー
出演 ヤッセル・タリーブ、シャザード・フセイン ほか
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2011.6.6 掲載
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