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終わりがあるから始まりがある

―――太田さんが事故の後、別の第2の人生をスタートできたのは何故でしょうか?

太田 それはやっぱり「終わった」って自覚したことですね。まだ未練が残って引きずっていると、新しいスタートはきれないんじゃないですか。今から言えばですが、いい意味で僕はあの事故のときに、自分の今までやってきたことが完全に終わってしまったんです。当初は戻れる方法を一生懸命考えていたわけです。サーキットも走ってみてかなり走れるってことはわかったけれど、職業としてやることは無理だってこともわかったわけです。人間の可能性はまだまだあるってわかったけれど、プロフェッショナルのドライバーとしては終わった。だからこそ新たなスタートがきれたんです。今までの太田哲也の人生は終わったんだってしっかり思えたことが、新しいスタートってことじゃないですかね。事故前やリハビリをしていた頃の太田哲也と、いまの太田哲也は、僕の中では完全に別人です。終わりがあるから始まりがある。

―――そう思えたというのは、現役時代の太田さんがシビアな世界で経験をつみ成績を残してきたからなのでしょうか?

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今年3月に行われた、水戸市社会福祉事業団主催の講演会にて。施設に入所している車椅子の方やボランティアの方と一緒に撮影
太田 失ったものが大きければ大きいほど、人間は欲しがっちゃうんですよね。僕はレーサーとして上り調子というか、いい感じのときに事故で失ってしまったわけです。それを断ち切るのは結構大変でしたね。 でも、それも意識の問題でしょうね、例えば、別れた彼女にどっぷりと未練を持っているうちは、他の女の子にはいけないですよ。まだ可能性があって電話したらうまくいくんじゃないかって思っているうちは、新しい彼女を探す気になれないのと同じだと思うんです。ほんとにもう終わったんだと自覚してはじめて動けるんですね。 過去のことじゃなくて未来のことに目を向ける。口で言うのは簡単です。みんな、そんなことは言われなくても分かっているんですよね。それよりも自分の理性と感情がごちゃごちゃに入り混じっちゃっているのをどうやって解きほぐすのか、その方法を見つけるのが難しいのかなと。そういう方法を書いてみたわけです。

―――それが今回の本になるわけですね。

太田 不思議なんですが、50個書こうと思っていたわけじゃなくて、書き上げた文章を編集者が数えてみたらちょうど50個だったと。それで50って数字はいいねってね。


今の子供たちの能力が落ちているわけじゃない。社会が複雑になっているんだ

―――今の若い世代の子なんかも、例えば何か失敗をしたり駄目になったものがあって、それを引きずっているから先に進めないというか、やろうとする前に失敗したときのことを考えてブレーキがかかっているんじゃないかなと思うんですが。

太田 それはそうでしょうね。どうしても周りとの比較ってありますものね。

―――容姿や頭の良し悪し、運動神経がいい、異性にもてるなどいろいろな尺度があると思うんです。もちろん人それぞれなんですが、どうしても周りと比べてしまう。それを乗り越えるいい方法はありますか?

太田 その答えをこの本で書いたつもりです。他人や過去に対して比較したり嫉妬する感情って、必ずしも悪いものじゃないと思います。場合によっては糧にして一生懸命になるっていうこともあると思いますが、それがネガティブに出ちゃうんでしょうね。それをどうやって乗り越えるかというと、結局は比較するんじゃなくて、イメージする理想の自分とのギャップをどう埋めるかって考えていくことなのかなと思いますね。

―――現代の人はそういうギャップを埋める能力や乗り越える力が落ちているんでしょうか?

太田 僕は今の人達がやる気を失っているとか、能力が落ちているとかは全然思ってなくて、むしろ今の子ども達って感受性や友達を思う気持ちはすごく強いなって感じています。ただ、世の中に色々な情報があふれ、社会が複雑になっている。それで、答えがものすごく出しにくい状況だと思うんですよ。でも、人が上に上っていくためにどう自分の気持ちを持っていくかっていう心理は、本来シンプルなものなんです。そこに気付くと、今考え悩んでいる目の前で起こっていることをどう乗り越えたらいいかは、割とシンプルな答えが見えてくるんじゃないかなと思います。
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