(前回からつづく)
どうしてこのような連想をしてしまうかというと、「半端ない」を聞いたり見たりすると、「半端{では、じゃ}ない」の省略ではなく、「半端がない」の省略だと勘違いしてしまいがちだからだ。
格助詞の内、「が、を」は
・うなぎ{が、を}食べたい。⇒うなぎ、食べたい。
・原発の稼働を阻止しよう。⇒原発の稼働、阻止しよう。
と省略しても意味が通じることが多い。
「半端ではない」の「では」は
・断定の助動詞「だ」の連用形+係助詞「は」
・形容動詞*1(半端な)の活用語尾「で」+係助詞「は」
という二通りの解釈ができる。
この「では」を省略すると、格助詞「が」の省略だと無意識に思い込んでしまうこともあるのだ。
一方、名詞修飾語として使う「半端な」という言葉は以前からよく使われている。
2)彼の半端な知識ではこの問題は解決できそうもない。
という使い方だ。「半端だ」という形容動詞の連体形である。
この言葉に「い」を付加するだけで件(くだん)の「半端ない」になる。
それも「半端ない」がスムーズに普及した一因に違いない。
言葉の短縮化の多くは意味上の非論理性などとは無縁に行われるのである。
ケ-タイ(←携帯電話)然り、さらに古くはスーパー(←スーパーマーケット)やピアノ*2(←ピアノフォルテ)もその類(たぐい)だ。
*1 日本語教育界では「ナ形容詞」と呼ぶ。ただし、例えば「半端な」が終止形ではなく連体形であるにもかかわらず、「ナ~」と一般化するところに無理がある名称である。なお、形容動詞(ナ形容詞)はそれ自体、存在を認めない立場もある。
*2 元々、強(フォルテ)弱(ピアノ)がつけられる鍵盤楽器がピアノフォルテだった。
つまり、「半端ない」の爆発的普及には、
- 「半端ではない」の省略としての「半端ない」
- 「半端がない」の省略形との混同
- 「半端な」からの変化との混同
という三つもの要素が考えられるのだ。
(この稿終わり)
[参考文献]
国立国語研究所データベース「少納言」
山口仲美2006『日本語の歴史』岩波新書
2014年8月31日付け朝日新聞・書評欄
2015.12.15 掲載
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