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6月6日、ザンクト・ウルリッヒからドロミテで一番北の谷であるプスター・タールをオーストリア国境に近いトブラッハまで、そこからミズリナ・ゼーに行くつもりでした。ところがまだシーズン・オフで、バスが通るのは6月19日ということが分かりました。その日は私のこの地に滞在できる最後の日です。 トブラッハからコルティナ・ダンペッソへ行ってみることにしました。 もう一つ南チロル共通のカードを買うと鉄道もバスも三割引になります。5ユーロのカードを偶然に買ったことから、何となく料金が安いように思えてドライヴァーに聞いて、この事実が分かりました。
翌6月7日も降ったり止んだりの天気でしたが、グスタフ・マーラー(1860〜1911年)が晩年の三夏(1908〜1910年)を過ごした建物を訪ねました。西隣のニーダードルフにあるこの建物は今ではレストランになっていて、隣接の動物園(Wild Park)の中には彼が作曲をした部屋も残されています。当時はまだ第一次世界大戦前で南チロルはハプスブルク家の領土でした。
8日はやはりさえない天気なので宿でぶらぶらしていました。9日も一向に天気はよくなりませんでしたが、町の南外れにあるトブラッハー・ゼーと帰り道にドゥラウ川の源流(Drau Ursprung)を訪ねました。この川は今ではイタリア領に源を発して、オーストリア、スロヴェニア、クロアティア、ハンガリーを通ってドナウ河に注いでいます。昨年はドナウの源流を訪ねました。ついでにこのトブラッハの町は黒海とアドリア海の分水嶺になっています。 6月10日にはプスター・タールを少し西に戻ってブルネックの町から北上してサンド経由ラインの村に入りました。ここはアルプスの紹介者として有名な故佐貫亦男先生が「天国に一番近い村」と絶賛されたところです。
残念ながら今回は長雨に祟られホッホガルが綺麗に見えたのはたった一日でした。ただ私の滞在期間はフィンクステン(聖霊降臨祭、12,13日)の休日で、イタリアでは原発存続の可否について国民投票が行われました。全く静かで旅行者の私にはどこで何があったのか、分かりませんでした。独、伊と廃止が決まり、これで日本が廃止に踏み切れば、三国同盟だという冗談も聞かれました。 勿論サンチャゴでお会いしたニーダーワグナーさんにもご挨拶をしました。 2011.10.1 掲載
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